SCENE68
あゆみさんの話しでは、ある宗教団体に入信し家に戻らなくなった姉が、1年ぶりに帰ってくると、すでに胎内に子供を孕んでいた。おそらく父親である宗教団体幹部の男から中絶を迫られたため逃れてきたらしい。まもなく生まれた珠玉のような娘を姉はとても愛おしんだ。しかし姉に憤激していたあゆみさんの父親は、そのまま同居することをけっして許さなかった。やがて生活に困窮し鬱状態におちいった姉は、幼い娘を残したまま縊死してしまう。
──天からの授かりもの。姉は生まれた赤ちゃんのことをそういっていました。当時、わたしはまだ中学生だったため、何の手助けもしてやれなかった。
そういうとあゆみさんは、ふたたび眩しそうに窓外の近代的な都心の光景に視線を向けた。皇居の重厚で豊潤な森は、けっして相容れない歴史的な威厳を保っていた。そして、あゆみさんはこうつづけた。
──前首相を暗殺した若い女性が自首したとき、実名が報道されました。千尋という名は姉の娘と同じ名前でした。すぐにわたしは確信しました。おそらくあの子は、姉が入信していた宗教団体と強いつながりがあった前首相を、どうしても許せなかったのでしょう。
ワタシは、あゆみさんと千尋ちゃんの苗字が同じであることを、あゆみさんのInstagramをフォローした時から気づいていたが、単なる偶然だろうと気にもしていなかった。しかしいま、千尋ちゃんがあゆみさんの姉の娘、つまり姪にあたることが彼女の口から語られたのだ。
でも、そのような重大な事柄を、どうして初対面のワタシにうち明ける気持ちになったのだろう。まさかワタシと千尋ちゃんが、同じテロリストの仲間であることに気づく、わけもないけれど。
そんなワタシの疑問を先回りするように、あゆみさんは珠玉のようなと例えるほど愛おしむ姪を想い、呻いた。
──千尋も、MOMOEちゃんと同じように、人類すべてへ反旗を翻す決心をしたのでしょう。それでもあの子は、犯した罪は償わなければなりません。
それからワタシとあゆみさんは、ザ・ペニンシュラ東京ホテルを出て、黄昏刻の色彩につつまれた銀座のメイン通りを無言のまま歩いた。西に傾いた太陽はあらゆるものすべて ──たとえば舗道の小さな亀裂であっても── にひかりを注いでいた。この宇宙と地上の邂逅にワタシは同化し生きてきた。耳を済ませ宇宙の声を聴いてきた。
するとミニ丈の白のジャガードワンピースのあゆみさんは、サングラスをはずし視線をややさげたまま暗晦な表情でようやく口をひらいた。
──姉と乳児を家から追いだした父は、その後、家族にひどく暴力を振るうようになりました。命の危険さえ感じたわたしは、中学を卒業すると家をとび出したんです。ひとり東京に出てきて、毎日、生きることに必死でした。すでに姉は自殺していましたから、おそらく千尋は、わたし以上につらい日々を送っていたはずです。




