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シーとピンク色のテロリスト  作者: ユッキー


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7/77

SCENE5



 day off……



 AM6:00


 生成色(きなりいろ)の壁を背景にシャビーローチェストの上に置いてある、暖炉の焔のようなWoodWickのアロマキャンドルが、ときおりパチパチと癒しの音を(かな)でる。

 エアコンの微風に髪が頬を撫でても、ワタシはじっと見つめていた。虹彩(こうさい)がちぢみ瞳孔が大きくなって、ちょっとだけ上目遣(うわめづ)い。シーちゃんも丸くてつぶらなひとみでワタシを見つめる。

 

 ──キャラメル、マシュマロ、いちご飴、これ全部、可愛い、女の子の夢 ♪♪♪


 シーちゃんも女の子って思って口ずさむ。やっぱりシーちゃんはワタシから目を離さない。シーちゃんの大きくなった瞳孔に、アロマキャンドルの焔に火照(ほて)ったワタシの顔が映っていた。


 ──シーちゃん、朝ごはんたべよう!





 AM8:30


 いちめんどんよりとした薄雲(うすぐも)が広がり、鬱蒼(うっそう)と茂る明治神宮の森の向こうには、高層ビルが繁栄のシンボルのように建ち並ぶ。 ──人類が滅んだ後あるいは数万年先、地球の地面を掘ったとき、恐竜の化石、三葉虫やアンモナイトの化石などよりも、アスファルトで覆われたたくさんの道路網や巨大なビル群などの大都市跡。そして土に還ることのない金属やプラスチック類や化学物質等々、たくさんの人類の痕跡が残されているだろう── それらの文明のシンボルを背景にワタシは、なんとなくワンルームマンションのベランダから右手でピースサインを送ってみた。薄手のレースのカーテンが引かれた部屋から、ピンク色の舌をちょっとだけ出してワタシを見つめるシーちゃんへ。


 ──シーちゃん、散歩に行こう!





 AM10:00


 どんよりとした薄雲(うすぐも)がひろがる空のもと、ZOZOで買ったばかりの黒のバスケットハットをかぶり、明治神宮外苑をシーちゃんとお散歩。風もなくそんなに寒くはないが、思ったよりも人が多い。シーちゃんは、まっすぐに歩いてくれずあちこち匂いを嗅いでばかりで苦笑した。久しぶりに豊潤な樹々の緑に包まれて気持ちはいい。アミニズム ──自然界のすべての事象に霊魂や精神が宿るという信仰のこと── を否定しないワタシは、自然にとけこむことを望んでいる。シーちゃんは、ほんとうに楽しそうでワタシも嬉しい。

 途中、ようやく薄雲を()かした陽光が、アスファルトをほんの些細に返照(へんしょう)した。もうすぐ晴れるだろう。


 ──シーちゃん、そろそろお昼にしよう!





 PM14:00


 午後の日差しが、薄手のレースのカーテン越しにフローリングの木目を鮮明にした。お昼ごはんを食べてから、iPhoneのU-NEXTで映画を観た。 ──タイトルは『LEON』── ニューヨークを舞台にした孤独なプロの殺し屋と、家族を殺された美しい少女のとてもかなしい物語だった。久しぶりに涙が(こぼ)れた。やっと守るべきもができたというのに……

 プロの殺し屋に、自分の姿を重ね合わせたのかもしれない。プロとは言いがたいが、ワタシはピンク色のテロリストなのだから……

 今のワタシにとって、もっとも守るべきものはもちろんシーちゃんだ。おそらくテロリストは危険がともなう。 ──おそらくと言ったのはまだテロリストとしての実感が乏しいから── ワタシはテロを実行するとともに、いのちをかけて地球でもっとも尊いものを守らなければならない。

 その尊きシーちゃんは、やはり日差しが差しこむベージュのソファの上でうつ伏せになったまま、ときおり寝言のように小さく唸りながら熟睡していた。一緒に暮らしはじめていちばん驚いたことは、シーちゃんがよく寝るということだった。 ──ごはんを食べるとき、散歩のとき、短い時間ながらイタズラをするとき以外は、ほぼ寝ている。まるで寝ることが自分の仕事のように──

 薄青い空の陽がだいぶ傾き、ワタシはメークをはじめた。


 ──シーちゃん、今から友だちと食事に行ってきます、ミルクとフードを置いておきます、起きたら食べてください、なるべく早く帰りますね。


 シーちゃんは、ベージュのソファにうつ伏せのまま垂れた大きな耳をほんの少しだけもちあげた。





 PM18:00


 すっかり陽が落ちた東京の街並みは、異様な喧騒に包まれていた。高層ビル群は空高く光を放ち夜空は色褪(いろあ)せ、あらゆるものが夜の暗闇を否定していた。そこはアミニズムがいっさい存在しない唯物論(ゆいぶつろん)(物質主義)の世界にみえた。 ──今夜は、ポニーテールに黒ぶちの伊達メガネ、お気に入りのピンク色のカーディガンのうえに黒のレザージャケットを羽織っていた──


 代々木にある「LIFEson」というイタリア料理店を予約していた。通路から階段を3段ほど降りると、左手にはテラス席がありたくさんの観葉植物が置かれている。コテージのような店内は、樹々のぬくもりが感じられるような木製のテーブルや椅子で統一されていた。

 少し早く着いたので予約席に腰かけ、村上春樹の新潮文庫『1Q84 BOOK1〈4月-6月〉前編 』を読みはじめた。先日、ミホコとこの小説についていろいろ話しをしてから、ふたたび読みはじめていたのだ。


 ワタシはピンク色のテロリストとして、「ビック・ブラザー」と「リトル・ピープル」を追い求め、テロ標的の相手を見つけなければならない。しかしながらワタシは、まだそれらの存在を具体的に理解できていなかった。少しでもなんらかの糸口を早急(さっきゅう)に見つけなければならない。ワタシは焦りを感じ、その糸口をなんとか『1Q84』から見いだそうとしていた……

 そのときだった。不意にワタシは誰かに見られているような気がした。突然の強い視線だ。アフリカの草原で草叢に身を隠し、じっとシマウマを狙うライオンのような殺気に満ちた視線だった。ゆっくりと慎重にワタシは頭を動かし、混みはじめた店内を見渡した。暖色系の照明に包まれ樹々の香りが漂う店内には、数名のスタッフと家族連れやカップルのほかに、草原の草叢に身を隠すライオンらしき存在はなかった。


 それからすぐにマユが来た。黒のチェスターコートを脱いで木製の椅子に腰かけたマユにワタシは、黒ぶちの伊達メガネをはずし何気ない様子を装い、ミミズの声ぐらいの小さな声で、 ──誰かに見られているかもしれない── と囁いた。


 ──シーちゃん、ワタシ、誰かに狙われている?




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