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シーとピンク色のテロリスト  作者: ユッキー


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SCENE67



 眼下に皇居があった。

 自然の光に満たされた最上階(ザ・ペニンシュラ東京ホテルのレストラン「peter」)からの眺望は、薄青い空に反撥する都心の光景がひろがっていた。とくに時を刻みつづけた皇居の豊潤な緑が、隔離された観葉植物のように見えた。不思議なことに、この光景のうちに1400万もの人間が(ひし)めき合っている。でも、(まばゆ)い照明に照らされた鏡の前で、ハリがなく少し肌が荒れた顔を見いだし、ふっとため息をつく女の子はどれほどいるのだろう。案外多いかもしれないけれど。

 窓際の、赤い花が飾られた四角いテーブルの向かいの席のあゆみさんが、見慣れた風景を見わたすかのように楽しげに(ささや)いた。彼女はシルクのようななめらかな肌だった。


 ──今日は晴れているからいつもよりステキな眺めね!


 ミニ丈の白のジャガードワンピースにポニーテールのあゆみさんは、モデル仲間のあいだで評判になるほどエレガントで美しく、とても30代で二児のシングルマザーには見えなかった。しかもその美しさは、外見だけではなく二児の娘を愛する彼女の内面からも湧きでるものだった。

 彼女のInstagramに投稿されているリール動画を、事前にワタシは観ていた。東京タワー近隣の増上寺で催された七夕祭りで、あゆみママは、願いごとはもちろん ──娘たちの健康と成長── と短冊にしるしていた。そんな彼女にワタシは初対面から好意を抱いた。そして食後のコーヒーを飲みながら、あゆみさんが優しい視線で尋ねてきた。


 ──MOMOEちゃんは、最近モデルのお仕事はしているの? 撮影現場で一緒になることもほとんどないけれど。


 ──いいえ、モデルの仕事は休んでいます。ほかにやらなければならないことができたものですから。

 以前、休みの日に、『道』というむかしのイタリア映画を観たんです。フェリーニ監督の白黒映画ですけれど。とてもいい映画でした。大道芸人の男と白痴の女ジェルソミーナが旅回りをする物語です。仲の良かった綱渡りの若い男「キ印」が目の前で死んだとき、ジェルソミーナが泣きながらNOと叫んだんです。ワタシはハッとしました。それは人類すべてへのNOでした!


 あゆみさんの母性的なものに惹かれたワタシは、はじめて他人にそのエピソードを打ちあけると、なんだか映画のそのシーンを思い出し目頭が熱くなった。しかし、なおもあゆみさんは母性的な微笑みを崩さなかった。


 ──それでワタシは、人類すべてへ反旗を(ひるがえ)す決心をしたんです!


 突然、微笑みを停止したあゆみさんは、非常に驚いたようだった。おそらくそれは、現実的な彼女の価値観の枠に収まらない言葉だったのだろう。それでも彼女は現実的な問いを忘れなかった。


 ──具体的に何かはじめられたの?


 ワタシは一瞬、逡巡(しゅんじゅん)した。やはり信頼に足りるあゆみさんであっても、 ──仮に実の姉であっても── テロリストの秘密まで明かすわけにはいかない。


 ──何をなすべきか? そんな大袈裟なものではありません。何かをはじめなければとは思っているのですが、まだ具体的に何からはじめていいのかわからないんです。ちょうどモデルの仕事も区切りをつけたいと思っていたところで、いまは勉強中といったところです。いろいろな本を読んで多くを学んでからゆっくりと考えるつもりです。近々では、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読みました。とても考えさせられる小説でした。そうですね! 現実的には貯金がなくなってきたら、またモデルの仕事を再開しなければなりませんけれど。


 あゆみさんはワタシの曖昧な答えを、それ以上追求することはなかったが、あるいはワタシの言動に何かを感じていたのかもしれない。なぜなら、しばらく眩しそうに窓外の都心の光景に視線を向けたあと、 ──陽光に照らされたシルクのような美しいロングヘアから、彼女の美意識の高さと、その端正な横顔から、会ったこともないマリアさまのおもかげを感じた── まっすぐワタシを凝視して意外なことを口にしたから。思わずワタシは、驚嘆の声をあげてしまいそうになった。


 ──前首相を暗殺した女の子は、わたしの死んだ姉の娘のようです。





挿絵(By みてみん)


 愛犬シーズーのシー



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