SCENE65
AM4:30
高層ビル群の彼方の東の空が色づきはじめていた。はじめて見る不思議な色彩に、広大な宇宙を感じる。眠らない巨大な都心の底から、地鳴りのような喧騒が地を這うように響いてくる。
初夏の暑さを避けるため、夜明けとともにシーちゃんと散歩に出かけた。朝陽に照らされたはじめた舗道を、稲穂のように体毛を眩く輝かせたシーちゃんが、一心に歩き出す。やはりシーちゃんはいつも通り、舗道の垣根や電柱や塀のかどなどの匂いを順番に嗅いでゆく。腕をしっかり振るウォーキング中の中年女性が、首に巻いたタオルで汗をぬぐい笑顔でシーちゃんにオハヨウと声をかける。新聞配達人の青年が、自転車を立ち漕ぎしたまま追い抜いてゆく。何か変なものを口にしないか絶えず注意しながら、お尻をふって歩くやや寸胴な《小さな天使》を、ワタシはしあわせを噛みしめついてゆく。しかしシーちゃんは、ピンク色の小さな舌を出し息をハァハァさせ、やはり暑さを感じはじめた。 ──シーズーは全身がふわふわの体毛で覆われているため、とくに暑さに弱い──
──シーちゃん! お水飲む?
携帯用のピンク色の容器にペットバトルの水を注ぎ、シーちゃんの前に置くと、すぐにシーちゃんは、ピチャピチャと音を立て一心不乱に飲みはじめた。
──もうシーちゃんには、暑すぎるのね!
水を飲み終えたシーちゃんを、ワタシはそっと抱きあげた。
──シーちゃん、無理は禁物だから帰って朝ご飯にしましょう!
遠くに、ビル群の合間から朝陽に輝く東京タワーがチラッと見えた。ワタシは東京のど真ん中にいた。朝陽が昇りはじめた都心のど真ん中にいた。夏が苦手な《小さな天使》をこの腕に抱いて! ワタシはシーちゃんのもふもふの頬にキスをした。
ふとワタシは、最近読み終えたばかりの『カラマーゾフの兄弟』のある言葉を思い出した。長男ドミートリイが発した言葉だ。
──太陽が昇ったら、永遠の青年ポイボス(訳注 アポロンの別称で太陽を意味する)が神をたたえ、祝福しながら舞い上がったら! (『カラマーゾフの兄弟』新潮文庫 原卓也訳より)
愛犬シーズーのシー




