SCENE64
AM6:00
フラワーデザインの薄手の白いレースカーテンが、彩光によって折り重なるように花がひらく。すでに朝の陽光は十分な光を供給していた。お目覚めのシーちゃんが、ペットボウルの水を飲みはじめた。光の花がひらいたレースカーテンをあけると、暁光が神宮の森を赫く包み、後方に連なるビル群までも霞みながら赫く染めていた。赫く目覚めはじめた都心の街は、森羅万象すべてが地鳴りのように動きはじめていた。
やわらかな間接照明の洗面台で、やや寝不足気味の顔を洗いながら昨夜のことを思いだす。春子さんと銀座で夕食をとったあと、ふたりでSHIBUYA SKYに行った。
屋上展望台SKY STAGEの一段高くなっているヘリポートの中心に立った春子さんは、星のない夜空を見上げ、豊潤なロングヘアを靡かせながら、SHIBUYA SKYへやって来た理由として不思議なことをいった。
──近い将来、人類が滅亡へと向かう時、宇宙の中心にいるひとつの小さな生命が、この場所へ降り立つのです!
それから、都心のあらゆる明かりに照らされた舗道を歩いていたワタシと春子さんの前に、ふたたびあの侏儒 ──黒いキャスケットをやや斜めにかぶり、身体をくねらせながらトランペットであの曲を吹く── があらわれ、自首する前に残した千尋ちゃんの言伝を伝えてくれた。
──《蒼い夜空に白い一等星があらわれるのを待っていて!》
東京の夜空に星を見つけることはむずかしい。もはやだれも夜空を見上げなくなった。でも千尋ちゃんは《白い一等星があらわれるのを待っていて!》と言伝を残した。はたしていつになったら白い一等星があらわれるのだろう。露巳代表が計画する元首相の国葬でのテロ実行の日まで、白い一等星はあらわれるのだろうか?
そのとき、背後に視線を感じた。
やわらかな間接照明で明るい洗面台の鏡には、すっぴんで無防備なワタシの顔と、少しだけ体毛が照り映えたシーちゃんがおすわりをして、じっとワタシを見つめている姿が映っていた。どうやらシーちゃんは、早く朝ご飯が食べたいようだ。
──シーちゃん、ごめんなさい、すぐに用意するから、もうちょっと待ってて!
シーちゃんに朝ご飯をあげて、辻井伸行演奏のラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を聴きながら、ワタシもエッグトーストとサラダを食べた。こうしてクラッシック音楽を聴いていると、崇高な世界へ導かれこころが浄化されていく。それはワタシにとって大きなこころの恢復だった。
フラワーデザインのレースカーテンは、より明るく花がひらいている。ふたたびぬいぐるみのようなシーちゃんが、おすわりをしてじっとワタシを見つめている。ワタシもシーちゃんを見つめかえした。フラワーデザインのレースカーテンは、ますます明るく花がひらいて、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、クライマックスの第3楽章を迎えていた。
立ちあがって、光の花ひらくレースカーテンをあけると、すっかり昇った陽光が、大都会に浮かぶオアシスのような神宮の森を抱擁し、後方のビル群が徒党を組んで反発するように乱反射していた。
窓から差しこむ陽光は、ワタシと見上げるシーちゃんをあたたかな眼差しで包んでくれた。




