SCENE63
PM11:30
見上げると、紺碧色の夜空はあらゆる照明に曖昧に薄められ、やはりひとつの星も見つけることはできなかった。しかし、自首する前に千尋ちゃんは《蒼い夜空に白い一等星があらわれるのを待っていて!》という言伝をこの侏儒に託していた。となりの春子さんと顔を見合わせると、すでに春子さんはすべてを理解したように、いつもの雲透きの春の光のような笑顔で頷いた。
──ありがとう侏儒さん、千尋ちゃんはそう伝えてほしいといっていたのね!
ワタシのことばに侏儒も大きく頷いた。やや恥ずかしそうに、異様に発達した大きなひたいの下のひとみでじっとワタシを見つめながら……
すると短髪茶髪の若い男が、興味ありげに振り向いた。あらためてツイードワンピースの左袖が無邪気に揺れる春子さんに驚きながら、それでも平静を装って。
──あんたらモデルのような美人さんが、マジでこのコビトと知り合いなのか?
すかさずロングヘアの若い女が立ちあがって、若い男を制するようにいった。
──とにかく心が洗われたようだった! 今までこんなにも躰中が震えたことはなかったわ。コビトの世界はまったくわからないけど、みなさん何か訳アリのようね。何かを聞いたりするつもりはないから。とにかくありがとうございました!
コビトさん! いつかまたその曲を聴かせてくださいね!
ロングヘアの若い女に促された若い男が自転車に跨ると、彼女も小さく手を振りながらリヤキャリアに跨った。
──ありがとうコビトさん、バイバイ!
黒いキャスケットをやや斜めにかぶった侏儒が、彼女独特の仕方で身体をくねらせていた。 ──おそらくそれが彼女なりの挨拶なのかもしれない── ワタシも胸の前で小さく手を振り、都心のあらゆる明かりに照らされた幅の広い鋪道を、二人乗りの自転車が街灯の明かりに溶けこむように見えなくなるまでずっと見つめていた。 ──それは意外にも長い時間だった──
ふたたび夜空を見上げ、白い一等星があらわれたときの記憶を蘇らせようとすると、春子さんも夜空を見上げその遥か向こうへ語りかけるように話しはじめた。もうすでに侏儒が、一瞬の魔法を使ったかのように、ワタシたちの前から姿を消していることを不思議にも思わずに……
──以前、東京ミッドタウン・タワーのグリーンブリッジの上で露巳代表があの曲を歌われたとき、白い一等星が姿をあらわしました。しかし後日、露巳代表は、あのとき宇宙の中心にいるひとつの小さな生命の姿が見えたような気がしたとおっしゃてました。けっして自分が歌ったから白い一等星があらわれたのではないと……




