SCENE62
あの侏儒がいた。
街全体の薄明かりを背景に、街灯に照らされた若い男女が茫然としている目の前で、黒いキャスケットをやや斜めにかぶった侏儒が、身体をくねらせ紺碧色の夜空に向かってトランペットを吹いていた。記憶の底にしまってあるとても大切なもの、どこか懐かしく清澄ですべてを美しいと愛した天使の歌声のような音色が、眠らない都心の夜の街にひっそり響いていた。
ラーララララー
ラーララララー
ラーララララーララー
ラーララララー
ラーララララー
ラーララララーララー
あらためてなんとかなしく美しい曲であろう。はじめて露巳代表がこの曲を歌ったときを思い出す。
一点を中心にしだいに夜空が蒼み帯びて明るくなりはじめ、ワタシの錯覚なのかそれもと現実なのかもあやふやなまま、やはりその中心に白く光る一等星が姿をあらわした。するとそれまでじっと黙ったまま立ちつづけていた露巳代表が、その異様に発達した大きなひたいですべてを受けとめるように、その白く光る一等星をじっと見つめ歌いはじめたのだ。
ワタシは、その玲瓏な美しい歌声に鳥肌がたち全身を震わせ一歩も動くことができなかった。頬に触れる空気そのものが、この世のすべてのかなしみを背負った優しさに包まれてゆくのを感じた。蒼い夜空に白く光る一等星からはるか宇宙全体が、森羅万象あらゆる自然界の生き物が、そして有象無象の人間が蔓延るるこの都心全体が、清浄な空気に包まれ再生されてゆくのを感じた。
演奏が終わった。一瞬の間のあと、ロングヘアの若い女は遠慮がちに手を叩いた。女がうっすら涙を浮かべている一方で、男の方は苛立ち戸惑っていた。この世のものとは思えないほど、あまりにもかなしく美しい曲だったため現実感が乏しかったのだろうか。若い女がしゃがみ込み、同じ目線でまっすぐ侏儒を見つめながらこう尋ねた。やや鼻をすすりながら……
──めっちゃかなしく美しい! なんという曲?
以前と同じように、侏儒は頭を横に振った。
──わるいが曲名はわからない、昔からあたいら侏儒の世界で伝わりつづける曲なんだ!
今度は驚いたように、短髪茶髪の若い男が口をひらいた。
──やっぱりあんたコビトか! ずいぶんチッセイなと思ってたんだ!
しかし侏儒は、若い男へ返事をするかわりに、そばに屹立しているワタシに対して小さく頷くと、その発達した大きなひたいの下の小さなひとみでワタシを凝視しながらはっきりいった。
──無鉄砲なあの若い娘からの最後の言伝さ! あの娘はこういい残して自首したんだ。《蒼い夜空に白い一等星があらわれるのを待っていて!》と。アンタから露巳にも伝えておいてくれ!




