SCENE60
──MOMOE様、SHIBUYA SKYに行きましょう。事前に予約チケットは購入してありますから!
GINZA SIXの「だるま きわ味」という串揚げ店の個室で夕食を終えたワタシと春子さんは、食後のコーヒーを飲みながら解放的な一面窓からソフィスティケートされた銀座の夜景を見つめていた。すると珍しく少女のようにはしゃいだ声で春子さんが誘ってくれたのだ。
── ワタシ、SHIBUYA SKYは初めてです!
ありがとうございます、春子さん!
GINZA SIXを出ると、銀座の喧騒が現実身をもって迫って来た。見慣れたソフィスティケートされた世界ではあったが、どこか違和感も抱いてしまう。人間が作りあげたこの世界は、いったいどこへ向かおうとしているのだろう。
ある本に、 ──知性を持つことが、必ずしも生物の到達点ではない── と書かれてあった。現在、人類は生態系のトップに君臨している。しかし地球の歴史全体から考えれば、知性を持つ生物がトップに君臨するというのは、処々の条件がたまたま組み合わさっただけの非常に稀な出来事に過ぎない。もし仮に地球が栄養豊富な世界であったなら、知性は発達しなかった。放っておいてもエサが手に入るので、わざわざエサを探しに行くための知性を発達させる必要がなく、クラゲのように海を漂うだけの生物が生態系のトップに君臨したかもしれない。そう考えると、人類のこの繁栄はどれほど奇跡なのだろう。
ワタシが銀座和光の時計塔を見上げると、春子さんもいつもの雲透きの春の光のような笑顔で見上げた。
──春子さん、いつ頃から東京の夜空に星を見つけるのがむずかしくなったのでしょう。だれも夜空を見上げなくなったから、はっきりわからないけれど!
LOUIS VUITTONのツイードワンピース姿の春子さんは、小さく頷きほんのわずか顔を歪ませた。ワンピースの左袖が歩むたびに無邪気に揺れ、あらためて左腕が失われていることを認識させられた。
それからワタシと春子さんは、タクシーを拾って渋谷へと向かった。個人タクシーの高齢ドライバーは、乗客に気兼ねすることなくラジオを低音で流していた。ラジオからは、ちょうど暗殺された前首相の国葬が、日本武道館で執り行われることが報じられていた。頭の禿げ上がった高齢ドライバーは、軽くその頭を振りながら独り言のように呟きはじめた。おそらくワタシと春子さんに問いかけるつもりで……
──あの前首相は、国葬に値するほど国に貢献しとらんよ。自首した犯人が二十歳の若い女の子だったのには、ずいぶんと驚かされたものだ。かつて私も若い頃には安保闘争に参加したけれど、今の若いモンのなかにも、ずいぶんとムテッポウなヤツがおったもんだ。ワハハハハ!
46階のSKY GALLERYから屋上展望台のSKY STAGEへと昇るエスカレーターから、すでに眼下には都心の夜景がひろがっていた。
屋上展望台のSKY STAGEでは、360度人類の繁栄を象徴する東京の夜景が見渡せた。おそらくこの繁栄を保持拡大することが、日本人にとってもっとも重要な課題なのだろう。春子さんは一段高くなっているヘリポートの中心に立つと、星のない夜空を見上げ、豊潤なロングヘアを靡かせながら、SHIBUYA SKYにやって来た理由を教えてくれた。
──MOMOE様、この宇宙には、けっして神様でもなんでもない、ひとつの小さな生命が中心にいます。そして宇宙そのものが、その小さな存在を守ろうとさえしています。露巳代表が歌い、侏儒たちが奏でていたあの美しくもかなしい曲は、わたしたちの宇宙の声に対する答えであり、その小さな生命へのメッセージなのです。近い将来、人類が滅亡へと向かう時、露巳代表と侏儒たちは、空へと直に通じるこの場所から、あの曲を歌い奏でるでしょう。そしてひとつの小さな生命が、そのメッセージに応えるべく、この場所へ降り立つのです!
屋上展望台のSKY STAGEは、多くの人々が思いおもいに過ごし少し賑やかであった。子供の歓声も聞こえ、風も弱く穏やかで平和な世界がそこにあった。
ワタシは、灯り続ける高層ビル群や黒い緑に覆われた明治神宮など広大な都心の夜景を眺めながら、侏儒たちや春子さんがいった人類滅亡の危機に際して、この場所へと降り立つひとつの小さな生命に思いを馳せた。つぶらなひとみの愛くるしいシーちゃんをまぶたに浮かべながら……
──シーちゃん!




