SCENE57
今でも覚えている。あの時の光景を……
ワタシの向かいの席には、ひとりの古びたジャケットを羽織った侏儒が座っていて、彼女の異様に発達した大きなひたいの下の小さな目が、ワタシを凝視していた。スターバックスの店内はさまざまな音で溢れ、それに合わせたさまざまな場景がワタシの視界にあった。 ──その音と場景。その現実。ものごとの本質を忘却したうえに成り立つ虚構のような現実── ちょうどその時だった。ショルダーバックの中の千尋ちゃんから渡されていたスマートフォンが振動し、ショートメールが届いたのだ。
──MOMOE様! 生命は進化によって存在しつづけてきました。それは変化と選択でした。生命は多様に変化し選択されました。現存の生命は選択されず死んでいったものたちがいたからこそ今があります。ワタシは世の中の進化のため変化のためテロを選択しました。前首相を殺害する選択を。もう逃げることをやめようと思います。死んでいったものたちのために…… 侏儒たちも賛同してくれました。
顔をあげたワタシは、向かいの席の侏儒に静かに視線を送った。ワタシの気持ちを察したのか、侏儒はなにもいわず小さく頷いた。 ──明らかに彼女は見た目だけではなく、周りの一般的な人々とは違っていた。一般的ではないという現実がどういう意味を持つのか? むしろワタシには、生贄となったもののかなしさ高貴さのようなものが感じられた──
スターバックス銀座マロニエ店を出ると、銀座の上空は、少し色褪せた薄灰色の夜空に白い満月がぼんやりと浮かんでいた。大切なものを忘却し、大切なものを犠牲にした夜空だった。曖昧でけむった夜空に尊く美しい星の輝きを恢復し、この地球をもう少しだけ変えたいというワタシの願いを、あらためて思った。
──千尋ちゃんは自首するようだけれど、侏儒さんはこれからどうするの?
曖昧でけむった夜空を見上げながら、彼女は小さく首を横に振っただけで何もいわなかった。ワタシも夜空を見上げ、彼女が先ほどいった言葉を思い返していた。
──この空の裡に、あらゆるものの中心にある眼差しを感じた。けっして神様でもなんでもない、ひとつの小さな生命がこの宇宙の中心にいる。そして宇宙そのものが、その小さな存在を守ろうとしている。
ワタシは震える声でつぶやいた。
──シーちゃん!




