SCENE56
PM18:30
忘れかけた想い出のような残照が、紺青色の空に色合いを残す。あらゆる照明が、ソフィスティケートされた優雅で上品な銀座の街を演出する。ここは東京の中心部、銀座のメイン通り。 ──これらの眩さは、ともあれ富に恵まれない人間にはあまりに眩し過ぎるであろう──
まるで夢の国に迷い込んだような煌びやかで洗練され過ぎたこの街を、子どもほどの背丈の古びたジャケットを羽織った侏儒と並んで歩くワタシも、この街には不釣り合いなZOZOのバスケットハットをかぶりグリーン&ホワイトボーダーのショート丈トップスとホワイトのスウェットパンツ姿だった。すれ違う人々が、子どもだと思い一瞥した侏儒の異様な容姿に驚きの表情を浮かべる。それでも彼女は、まったく気にする様子もなくまっすぐ前を見据えて歩いていた。まるでこの煌びやかな銀座の街が、とるに足らないかりそめの世界でもあるように……
そんな彼女に、ワタシは好意を抱いた。
少し前まで、ワタシもこのような煌びやかな世界に憧れ暮らしていた。サロンを中心にモデルとして、洗練された華やかな世界の片隅ではあるがその一員だった。でもどうしてなのだろう、突然、ワタシは白い一等星を見上げ思ったのだ。
── 人類が滅んだ後あるいは数万年先、はるかな未来に知性を持った新しい生き物、もしくは宇宙から知的生命体がやってきて地球の地面を掘ったとき、恐竜の化石、三葉虫やアンモナイトの化石などよりも、たくさんの人類の痕跡が残されているから。アスファルトで覆われたたくさんの道路網や巨大なビル群などの大都市跡。そして土に還ることのない金属やプラスチック類や化学物質等々。
地球は、未来の知性を持った新しい生き物や宇宙の知的生命体のためにも、もう少しだけ変わらなければならないのだ。──
そうしてワタシは、ポニーテールにライトピンク色の大きな耳が垂れたブタの顔が真ん中にあるカチューシャをし、セレクトモカのピンクニットのディズニーコーデの、この地球のピンク色のテロリストになったのだ。
──侏儒さん! アナタはワタシにスマホを渡してくれた行方へ知れずの侏儒さんを探しに来たの?
──うん、彼女はアタイのオネエチャンなんだ! 今日ここに来てはじめてわかったことだけど、オネェチャンはこの煌びやかな街のあまりの無機質さに、宇宙の子どもたちが流す涙の本質を見出したのだろう。ところが意外にもこの空の裡に、あらゆるものの中心にある眼差しを感じた。それはすべての核心であり宇宙そのものだった。そしてオネェチャンは姿を消してしまった。
そう、アタイも感じるんだ! けっして神様でもなんでもない、ひとつの小さな生命がこの宇宙の中心にいることを! そして宇宙そのものが、その小さな存在を守ろうとしていることも……
きっとオネェチャンは、その宇宙の声のする方向へ導かれていったんだ。
PM19:00
スターバックス銀座マロニエ通り店の店内は、あらゆる年代のさまざまな格好をした人たちが、さまざまな目的のためおのおの時間を費やしていた。でも今夜のワタシは、生命の源が海であったように羊水に満たされた胎児のような安心感があった。 ──それはいつもシーちゃんを抱きしめたときに感じる安心感と似ていた── なぜならワタシの向かいの席には、古びたジャケットを羽織った侏儒が座っていたから。 ──彼女に気づいた周りの客たちは、子どもほどの背丈にも関わらず、異様に発達した大きなひたいの成人を目の前にして目を丸くしていた──
ワタシと侏儒は、この店の夕方からのスペシャルメニュー、イタリアの新しい食文化を体験できる『アペリチェーナ』を注文した。 ──イタリア産ハムや、厳選されたイタリア産チーズ、フォカッチャピッツァ、イタリア家庭料理のアランチーニなど── しかもふたりは赤ワインを飲んだのだ。
──千尋がスターバックスが好きだといっていたから、どんなものか一度入ってみたかったんだ。MOMOE、ありがとう!
ワタシが微笑んで赤ワインを口にすると、侏儒も真似をするように赤ワインを口にしながら大きく頷いた。すでに発達した大きなひたいまで顔全体がやや紅潮していた。 ──銀座の通りを並んで歩いたときに名前を聞かれMOMOEだと答えると、いい名前だと彼女は褒めてくれた。父が山口百恵のファンだったらしいと苦笑いすると、彼女は発達した大きなひたいのしたの小さな目を優しげに瞬きさせた──
──アタイらは長い間、療養所に隔離されていたから、毎日、本を読んで過ごしていた。テレビもなかったからね! あらゆる本を読みつづけていると、この世界の真実がみえて来る。とくにドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』がいちばんだった。彼が亡くなってしまい続編は描かれなかったけれど、続編としての『カラマーゾフの兄弟』の第二部こそ、この世すべての核心が描かれるはずだった。これは推測の域を出るものではないが、小説の主人公であるカラマーゾフ兄弟の三男アレクセイ・フョードロウィチ・カラマーゾフが、テロリストとなってロシア皇帝の暗殺を謀るというものだったらしい
アタイらは、千尋が前首相の暗殺を目論んでいることを、露巳から知らされていた。あの子は宇宙の声の使者であった。オネェチャンは命を賭けて千尋を守ろうといった。アタイらはみな賛同した。現代のアレクセイ、宇宙からの若き使者を……




