SCENE53
記憶の底にしまってあるとても大切なもの、どこか懐かしく清澄な ──すべてを美しいと愛した天使の歌声のような── 音色が、午後の銀座中央通りを歩くワタシの脳内に再生されつづけた。 ──ウインドウに映るワタシの姿は、ZOZOのバスケットハットをかぶりグリーン&ホワイトボーダーのショート丈トップスとホワイトのスウェットパンツという銀座の街に不釣り合いな格好だった──
ラーララララー
ラーララララー
ラーララララーララー
ラーララララー
ラーララララー
ラーララララーララー
あの侏儒はいった。
──ハハハ、曲名は知らないよ。だけど昔からあたいら侏儒の世界で伝わりつづける曲なんだ!
身体をくねらせながら、夜空に向かってトランペットを吹いていた黒いキャスケットをやや斜めにかぶった侏儒の姿が蘇る。ワタシは彼女の姿を求めて銀座中央通りを歩きつづけた。露巳代表と同じく異様に発達した大きなひたいの侏儒=《小さきものたち》の姿を求めて……
戦前の日本では、1907年に「癩予防法二関する件」という法律が施行され全国に5カ所の療養所ができたが、合わせても収容人数は千人足らず、およそ4万から10万人いたと推定される多くの患者は、わずかな路銀をもらい四国の八十八カ所の巡礼へ行けと追い出されたという。
多くの人々は、巡礼路を半分もいかないうちに行き倒れ、やがて腰を下ろすこともできなくなり、道端や木の陰で横倒しになり、異国の地でひとり息を引き取った。
やがて1931年に「癩予防法」ができて、最初の国立療養所が作られたが、この頃は「絶対隔離」という方針がとられ、患者はひとり残らず療養所に収容して終生隔離された。
ワタシは、午後の陽光を受けたウインドウに映る自分の姿を見つめながら思い出した。以前、夕映えたシンデレラ城の正面広場において、遠方からの若い使者を中心に白雪姫に登場する七人の小人 ──ディズニーキャラクターとしての着ぐるみの七人の小人── が手を繋いで回りだした光景を……
若いショートカットの使者が、グレーのパーカーのフードを脱ぎややはにかんだとき、ワタシはかれら七人の小人たちが、沈みゆく寂静たる落陽が暗示した崇高な存在として感じられた。
侏儒=《小さきものたち》とは、歴史上まともに人間として認めてもらえなかった存在 ──ハンセン病患者として── であり、それがゆえに、自分の存在に疑念をもち、もっとも大切なことを敏感に感じられるものたちであったと確信した。そしてかれらこそ、人々の意識が未明であった遥かむかしから、寡黙に《宇宙の声》に耳を傾けてきた唯一の存在に違いないと。
そして侏儒=《小さきものたち》の世界で伝わりつづけるあの曲 ──どこか懐かしく清澄なすべてを美しいと愛した天使の歌声のような── こそが《宇宙の声》に対するかれらの返答であり、かれらの思いを宇宙へ向けて発していたのではないかと。




