SCENE51
まことに人生、一瞬の夢、ゴム風船の美しさかな。
──中原中也『春日狂想』より一部抜粋──
PM19:00
フラワーデザインの薄手のレースのカーテンを開けたまま、都心の高層ビル群の明かりを灯籠に見立てて眺め、ワタシは春子さんが作ってくれた特製ナポリタンを、これも春子さんが持参した上質な赤ワインをいただきながら食べていた。シャビーローチェストの上に置いてあるWoodWickのアロマキャンドルが暖炉のようにパチパチと癒しの音を奏で、音楽プレイヤーからは辻井伸行のピアノでラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が流れている。上等なソーセージ入りのナポリタンはとても美味しい。
先に晩ご飯を終えたシーちゃんは、ベットの上でうつ伏せのまま可愛らしい寝息をたてながら熟睡していた。
前首相の国葬が国技館で行われることとなった。国民の民意というよりも現政権の思惑によってだろう。政府の発表を各報道機関は迎合するように報じたが、未だに報道管制されたまま暗殺犯人の詳細な報道は皆無だった。もちろん露巳代表たち「株式会社小さな人たち」も独自の情報網を駆使して行方を追っていた。
──春子さん! お話ししたいことがあります。昨晩ワタシ、銀座の街でトランペットを夜空に向けて吹いている侏儒に会ったのよ。露巳代表のように大きなひたいの侏儒だった。しかも彼女が演奏している曲が、以前、露巳代表が謳った歌と同じなのです。あの清澄でとても美しい歌。そしてその侏儒は、ワタシがやって来るのをあらかじめわかってさえいたのです。ワタシを確かめると《あの若い娘は、あたいらと一緒だから!》といって、このスマートフォンを渡してくれました。いつの間にかけむった夜空が蒼くなっていて、姿をあらわした白く光る一等星を見あげながら、あの娘から頼まれたのだと……
春子さんは、取り出した小型のスマートフォンを受け取ると春の光のよう声をやや震わせた。
──千尋ちゃんから……
そのときだった。突然、スマートフォンにSMSの通知が届いたのだ。 ──留守番電話が登録されたことを知らせる通知だった── 春子さんから小型のスマートフォンを受け取ったワタシは、スピーカーモードにしたうえ躊躇なく留守番電話の録音を再生した。
──ご心配をおかけしております。千尋です。ニュースなどで既にわたしのことはご存知でしょうが、わたしはいま、七人の侏儒たちと共にある場所に身を潜めています。警察はまだ場所を特定できていない模様ですが、見つかるのも時間の問題でしょう。覚悟はできています。一人の人間を抹殺したのですから。侏儒たちは懸命にわたしをまもろうとしてくれています。かれらいわく、わたしは無鉄砲なシンデレラだそうです。詳しいことはまた後ほど、このスマートフォンに動画を送ります。侏儒の一人から、このスマートフォンは出どころ不明の特殊なものだから、けっして追跡されないと確約を得ています。あるいはMOMOE様たちにも警察の捜査が及ぶかもしれません。どうかお気をつけて!
留守番電話の録音はそこで終わった。ワタシは窓を開けてベランダに出た。高層ビル群は空高く散光を放ち、夜の喧騒が空まで揺らしていた。夜空は人間の吐き漏らす膨大な欲望に色褪せ、そこはアミニズムがいっさい存在しない唯物論(物質主義)の世界にみえた。
──自然界のなかで死ぬことは利他的なこと。
その言葉に応えて春子さんが、ワタシの肩に右手をそっと乗せてつづけた。
──prayerしましょう!




