SCENE45
明け方、頬になまあたたかい感触があった。覆いかぶさるようにしてワタシの肩に前脚を乗せたシーちゃんが、ピンク色の舌をちょっと出したままワタシの顔を凝視している。宇宙の果てまで届きそうなどこまでも深くまっすぐな眼差し。無愛想なその顔があまりにもまんまる過ぎて可笑しかった。
──フッフッフッフッ、おはよう、シーちゃん! お散歩行きたいのね!
生成色で統一されたワンルームマンションの遮光カーテンをあけると、静寂な曙光の神秘さからか、明るみはじめた都心の高層ビル群が、一瞬なりとも常寂光土であったような錯覚を覚える。太陽の光が宇宙の眼差しならば、シーちゃんの視線もまた宇宙の眼差しだろう。大自然が織りなす壮大なパノラマと、人類の叡智である都心の高層ビル群が反発し合いながら共存している光景が異様だった。
約1時間ほどの朝の散歩から戻ると、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を聴きながら、電子レンジで温めたカレーライスとマカロニサラダを食べた。すでに朝ご飯を食べ終えたシーちゃんが、おすわりをしたままワタシの食事の様子を観察している。隙あれば、おこぼれに預かろうと狙っているのだ。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が佳境に入り、辻井伸行のピアノ演奏が神の声のように奏られる。崇高な世界へ導かれこころが浄化される瞬間であった。
落照にグラデーションされた空を背景に、夕映えに輝くシンデレラ城が、未来を照らすように眩しかった。大都会の戦場からスワイプし光彩陸離の世界へと赴いたワタシは、ポニーテールにライトピンク色の大きな耳が垂れたブタの顔が真ん中にあるカチューシャをし、セレクトモカのピンクニットのまさにディズニーコーデだった。
白いベンチに腰かけてゆっくりとまわりを見渡す。家族連れ、カップル、友人同士、みんな楽しそうに新緑の季節のディズニーを楽しんでいる。ワタシは確信していた。きっとこの夕映えに輝くディズニーに千尋ちゃんが現れることを……
《わたしの存在理由》として頑なに新たな作戦計画 ──前首相の奥様の誕生日を祝うホームパーティーで前首相を暗殺する── を単独で実行しようとする彼女は、あの日、沈みゆく太陽に似た微笑みを浮かべグレーのパーカーのフードを目深にかぶった。彼女は死ぬつもりだ。露巳代表も春子さんも、そしてワタシも絶対に彼女を死なせてはならないと跪き祈った。
──千尋ちゃん!
そのときだった。
ピンク色のカチューシャのブタの垂れ下がった大きな耳が、ビクんと跳ねあがったのだ。咄嗟に白いベンチから立ち上がったワタシは、あらためて注意深く楽しそうな、家族連れ、カップル、友人同士で溢れる周辺を見渡した。夕映えたシンデレラ城が未来を照らすように輝いていた。
──きっと千尋ちゃんは近くにいる!
古びた小屋で産声をあげた赤ちゃんは、一生、自分の生い立ちを背負って生きていかなければならないのか? 夕映えに輝くシンデレラ城は、千尋ちゃんにとって、夢の国の象徴であったのかもしれない。




