SCENE41
──月に一度の満月の夜、夫は世田谷区成城の ──高い壁に囲まれた地上3階地下1階の邸宅── の地下にあるもう一つの寝室で、未成年の少女と明け方まで過ごす。もう一つの寝室はカードロックシステムになっており、奥様でさえ自由に入ることができない。明け方になると少女は、専属の運転手によって夫専用のMercedesベンツに乗せられ送られて行く。少女がどこの誰なのかはわからないが、毎回同じ少女ではないようだ。一度、少女が去ったあとのもう一つの寝室のドアが開いていて、夫が携帯電話で誰かと英語で話している声が聞こえてきた。奥様は英語が苦手なため何を話していたのかわからなかったが、前首相である夫が、緊迫した様子で目上の人物と話すように畏まった話し方をしていたため驚いたという。また奥様が夫に質問をすることはいっさい許されていない。
以上が、ショートカットでボーイッシュな千尋ちゃんが、前首相の奥様と何度も都心の高級ホテルで一夜を過ごし、ようやく聞き出した最新の情報だった。
赤銅色に色づく海面がそのまま夕空と同調し、遠い幻のように朦朧とした高層ビル群に赫い落日が隠れようとしていた。都心の喧騒から逃れ潮の香りさえ漂う舞浜のディズニーリゾート・オフィシャルホテルの一室で、ワタシと春子さんは露巳代表から前記の最新情報を知らされた。黒人のように縮れた短い髪に異様に発達した大きなひたいに隠れるような、しかしながらまっすぐ未来を見据えた澄んだひとみの露巳代表から、じっとあたたかく見つめられながら……
──その少女たちが、会員制の少女売春クラブで集められた可能性は高いでしょう。やはり前首相と少女売春クラブとの繋がりがありました。しかしながら今のところ、前首相が「ビック・ブラザー」その者なのか、それとも「ビック・ブラザー」と強いパイプがあるのかどうかは不確かです。ただ千尋さんが得た情報の中で、前首相が畏まった様子で、しかも英語で電話をしていた相手というのが気になります。
窓外の落日に染まる優しげな海面を見つめながら、露巳代表が夕凪のように穏やかにいった。
──おそらく電話の相手は、アメリカ合衆国の主要な人物では?
すかさず春子さんが反応した。ゆっくりと振りかえった露巳代表は、大きなひたいに隠れるような、澄んだひとみを春子さんに向けて微笑んだ。
──おそらく春子さんのいう通りでしょう。戦後の日本は、二度と反旗を翻さないようにアメリカに支配されて来ましたから。ある意味「ビック・ブラザー」とは、アメリカの巨大な権力、あるいはその合衆国をも支配しているけっして表に現れない隠れた力なのかもしれませんね!
特徴的でエモーショナルなエンジンサウンドを奏でる上質な走りのBENTLEY CONTINENTALは、都心に向かって疾走していた。器用に右手だけで運転する春子さんも助手席のワタシも黙ったままだった。夕闇に沈む高層ビル群が、まるでブラジルのセラードと呼ばれる草原地帯で、不気味で欲望に満ちた闇深い世界を根城とし、夜になると光りだす蟻塚のようだった。しかしながら、その巨大な蟻塚も大いなる繁栄に彩られた都心の街並みも、太平洋を超えた遠くの国の目に見えない力によって支配されているのかもしれないのだ。ワタシも春子さんも、そのあまりにも巨大で深淵な存在のことを考え言葉が出なかった。
ふっと、前方のフロントガラスにひろがる夕闇に沈む都心の街並みを背景にして、シーちゃんの姿が目の前に現れた。なんと落日に白とゴールドの体毛を輝かせたシーちゃんが、短い四肢を大きく躍動させ疾走していた。
──シーちゃん!
あらためてワタシは「輝く未来」を考えた。そして運転席の春子さんに微笑んでから、あるJ-POPの曲を歌い出していた。先日、ショートカットでボーイッシュな千尋ちゃんが口遊んでいたIndigo la Endの「名前は片思い」という曲の一節を……
いつも悲しい……♪♪♪♪♪
明るく歌った……♪♪♪♪♪




