SCENE40
都心の高層ビル群の上空は、少し色褪せた薄灰色の夜空に白い満月がぼんやりとしていた。大切なものを忘却し、大切なものを犠牲にした夜空だった。
夜空を見上げるワタシに、背後から春子さんが抱きつき並んだふたつの顔は、そのまま高層ビル群に区切られた夜空を見上げつづけた。ショートカットでボーイッシュな千尋ちゃんも、そんなふたりに微笑んでいる。胸にこみ上げてくるものを感じた。ふたりともワタシが夜空を見上げ何を思い何を感じているのか、わかっているのだ。曖昧でけむった夜空に尊く美しい星の輝きを恢復し、この地球をもう少しだけ変えたいという思いを、何も言わなくてもきちんとわかってくれているのだ。
そんなワタシたちの姿が、繁栄の森の泉のような華やかなショーウィンドウに、塹壕の中の兵士のように映った。
桜は散ってしまったけれど、赤のハイネックセーターに黒のレザージャケット姿のワタシは銀座の通りを歩きながら、両手を水平にひろげて身体を回転させながら歩きだした。ぐるぐるまわりながら歩きだした。夜の銀座のメインストリートを、散り行く花びらのようにぐるぐる身体を回転させながら歩きだした。周りの通行人が怪訝そうにワタシを見ている。春子さんと千尋ちゃんは突然のワタシの愚行を止めようとする。けれどもワタシはぐるぐるまわってみたかった。曖昧なけむった夜空とぼんやりとした白い満月もまわって見えた。
ふたたび春子さんがワタシに抱きついて、さらに千尋ちゃんも抱きついた。ワタシは平気だったけれど、春子さんも千尋ちゃんもとても恥ずかしそうにはにかんだ。
ワタシはスターバックスGINZA SIX店で、「さくら ソイ ラテ」を注文した。壁ぎわのテーブル席に着いてサングラスを頭に乗せると、向かいに座っていたショートカットの若い千尋ちゃんが、ワタシの左頬にライトブルーの注文レシートを貼っつけた。ワタシは可笑しくてそのままクスクス笑いながら虫歯ポーズ ──頬杖をつくように頬に手を当てる── をとりつつ「さくら ソイ ラテ」を飲みつづけた。満足したかのような笑顔の千尋ちゃんが、あるJ-POPの歌を口遊みはじめた。
一目惚れだった……♪♪♪♪♪
あまり流行りの曲を知らないワタシと春子さんに、Indigo la Endの「名前は片思い」という曲よと、先ほどまで前首相の奥様と長く濃密なキスを交わした千尋ちゃん ──ボーイッシュで瑞々しい若葉のような── が得意げに前髪を掻き上げながら教えてくれた。
──あの奥様は、私に一目惚れね!
──そうね、千尋ちゃんに一目惚れだったわね! 同性愛者という私どもの事前の情報に間違いはなかった!
雲透きの春の光のような笑顔の春子さんも「さくら ソイ ラテ」を口にしながら、さらに言葉をつづけた。
──あとは、千尋ちゃんがあの前首相の奥様から、どのような情報を得られるかね。たいへんだけど千尋ちゃんなら必ずやり遂げられるわ!
翌日は休みをとり、千尋ちゃんのリクエストで午後からワタシたちはディズニーランドへ遊びに行った。
落照にグラデーションされた空を背景に、夕映えに輝くシンデレラ城が、未来を照らすように眩しかった。今年最初のディズニーランド。大都会の戦場からスワイプし光彩陸離の世界へと赴いた。ラメ入りの大きな黒いリボンを頭にしたワタシは、セレクトモカのピンクニットの上に大きめの黒のレザージャケットを重ねていた。
──おかわ、でしょ! 優勝すぎる!
さて、白いベンチに腰かけてひとやすみ。
家族連れ、カップル、友人同士、みんな楽しそうに春のディズニーを楽しんでいる。
ワタシはワイヤレスイヤホンで、ディズニー映画の『塔の上のラプンツェル』の主題歌『輝く未来』を聴きながら、スターバックスのホットカフェモカを飲んだ。「ワタシのいる場所」「未来照らす光」を考え、「輝く未来」を想像する。
地球は、未来の知性を持った新しい生き物や宇宙の知的生命体のためにも、もう少しだけ変わらなければならない。露巳代表のもとで、春子さんと新しいパートナーの千尋ちゃんとともに、「ビック・ブラザー」との戦いはこれからが本番となるだろう。
それでもワタシには頑張れる大きな理由がある。いつも丸くてつぶらな、くもりのないまなこのシーちゃんが、ピンク色の舌をちょっとだけ出したまま見守ってくれているのだから……




