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シーとピンク色のテロリスト  作者: ユッキー


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SCENE36



 店を出ると、冷たい空気が遠い思い出のように頬を刺す。クリスマスを迎えようとする銀座の街はハイセンスに(まばゆ)く彩られ、銀座和光の時計塔が蒼大(そうだい)な空に歴史を刻んでいた。夜の狂騒が空まで揺らし、夜空は人間の吐く膨大な欲望に色褪(いろあ)せていた。しかし行き交う多くの人々から悲壮感は感じられず、多くの人間が真理から眼を背けたまま繁栄を謳歌していた。

 LOUIS VUITTONのツイードワンピースに、ワタシとお揃いの衿ボアのカーキ色のブルゾン姿の春子さんと並んで歩いていると、少なくない数の人たちがすれ違いざま振り返った。モデルさんかしら、という若い女性の羨望の声が聴こえてきたが、ワタシたちはモデルというよりも、繁栄に反旗を(ひるがえ)した孤独で美しいテロリストよと、こころの中で咆哮(ほうこう)した。

 すると突然、春子さんが雲透(くもす)きのような微笑みではなく、晴雲秋月(せいうんしゅうげつ)のような表情でゆっくりと話し出した。


 ──もうすぐ、クリスマスね! むかし読んだ太宰治の短編に『メリイクリスマス』というのがあってね。いつの時代でも本当のことを言ったら殺されます、ヨハネでも、キリストでも、そうしてヨハネなんかには復活さえないんだから、と太宰に語った、太宰が唯一、恐怖困惑せずにすむ極めて稀な女性(ひと)がいたのです。その女性は大金持ちの夫と別れておちぶれてしまって、わずかな財産で娘とアパートに住んでいました。

 そして戦後になって、師走の東京の街で、偶然、成人したその女性の娘さんと出会うのです。娘さんから、その女性が疎開先の広島の空襲で亡くなったことを知らされると、太宰は娘さんと一緒に、女性が好きだったうなぎの屋台の暖簾(のれん)をくぐり、3人前の小串の頼んで酒を飲みはじめました。二人の真ん中の皿はそのままにして。その時の戦後の東京も師走を迎えていたのですが、どこからかメリイクリスマスという声が聴こえて来た。酔っ払いが進駐軍のアメリカ兵に叫んだだけだったけれども。もちろんイルミネーションもなく、今のこの繁栄に満ちた都心とは比べものにならなかったでしょうけれど……


 ワタシは頷きながら、眼前のハイセンスに眩く彩られた銀座の街並みから大きく飛翔し、戦後の師走の東京の街並みをイメージした。


 ──いつの時代でも本当のこと言ったら殺されると、太宰も言っていたのですね!


 今度は春子さんが、いつもの雲透きの春のような微笑みを復活させて頷いた。


 ──露巳(ロミ)代表がいったとおり、自殺未遂で生き残った衆議院議員Aと「ビック・ブラザー」の関係は注視しなければならないでしょう。さらにAが公設秘書をしていた前首相が、「ビッグ・ブラザー」と強いパイプがあるか、あるいは「ビック・ブラザー」そのものではないかとさえ、わたしは疑っています。しかしながらAの成城の自宅マンションはセキュリティが非常に厳しく、面識もない人間がAに会うことは到底望めないでしょう。むずかしい任務になりそうね!


 そのときだった。銀座和光の時計塔の正時を刻む鐘が鳴った。夜の銀座の華やかな雑踏のなかで鐘の音がけむった夜空まで響いた。太宰治も、この時計塔の鐘の音を聴いたことがあっただろうかと思いを巡らせた。




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