SCENE21
AM2:00
後方で東京ミッドタウン・タワーが小さくなっていく。疾走する白いBENTLEY |CONTINENTALの後部座席に身を委ねたワタシは、重くなったまぶたでどこまでもつづく眠らない都心の夜景を、露巳代表の天使のような歌声の余韻に浸りながら眺めていた。ラーララララーのメロディをわずかに開いた唇で口ずさみながら……
深夜になっても人の姿は途切れることなく捨てられた空缶のように現れては消えていく。想像もつかないほどの巨大な力が都心の地下深く根を下ろしていても、いまのワタシにはその力がどのようなものかわからなかった。
となりの春子さんは、後方から追尾する車が現れないかずっと注意をはらっていた。ちからを使い果たし赤子のように眠ったままの露巳代表からの事前の伝言として、ワタシと春子さん、そして露巳代表をはじめとするスタッフは、相手組織の一員と接触し面が割れてしまったため、今後その身に危険がおよぶ虞がある。いったん「株式会社小さな人たち」の本拠地としている東京ディズニーランド・オフィシャルホテル ──最初にアパレルサイトのモデル撮影が行われたホテルで、はじめて露巳代表に出会った場所、公にされている「株式会社小さな人たち」の登記上の本店所在地とはと異なる── で一定期間身を潜めなければならない、という指示だった。そのためワタシはシーちゃんの食事の世話をお願いしていたミホコにLINEを送り、シーちゃんと一緒に当分のあいだ外泊をする旨を伝えた。相手にワタシの顔が知られた以上、すぐにも自宅マンションが特定される虞があるため、もはやシーちゃんをひとりで残しておくことはできなかった。
自宅マンションの地下駐車場にようやく白いBENTLEY CONTINENTALが到着し、ワタシははやる気持ちを抑えながら部屋のドアを開けた。光度をおさえた淡い照明のもと生成色の壁に接したベットの上で、シーちゃんはうつ伏せのまますうすうと寝息をたてて穏やかに眠っていた。安堵したワタシはシーちゃんの傍らでそっと頭を撫で ──シーちゃん、ありがとう、と囁いてから、そっとシーちゃんを抱きあげ少し毛が伸びはじめた頬にキスをした。ボディガードとして付きそってくれていた春子さんも、 ──左脚の手当は済んだものの無理をしてボディガードを担ってくれた── 初対面のシーちゃんの寝顔を覗きこんで雲透きの春の光のような笑顔になった。しかし、早急に退室しなければならなかったため限られたものだけバックに詰めこみ、まだ熟睡したままのシーちゃんを抱いて部屋をあとにした。
AM5:00
ワタシの細い左の二の腕にシーちゃんがうつ伏せのまま顔を乗せ、すうすう寝息をたてながら熟睡している。遠慮なく甘えてくれたシーちゃんにとても嬉しくなり、そっと柔らかな毛でおおわれた頭を撫で、子守歌のようにラーララララーのメロディをふたたび口ずさむ。真新しい白いシーツと暖められたホテルの一室で、 ──ようやく朝を迎える時刻になって── ワタシは重いまぶたを閉じようとしながらも、しかし子守歌をうたいつづけた。
ここ舞浜のディズニーリゾート・オフィシャルホテルに向かう白いBENTLEY CONTINENTALの車中で、 ──ワタシが眠ったままのシーちゃんを抱きながら、車窓から巨大な眠らない都心の夜景を眺め、やはり子守歌のようにラーララララーのメロディを口ずんでいると── 不意にとなりに座っていた春子さんが、自身と露巳代表の核心にせまる話しをほんの小匙一杯分だけしてくれた。
──MOMOE様、もうお気づきかもしれませんが、露巳代表はハンセン病患者です。そのためあのような大きなひたいなのですが。わたしは親に捨てられ児童養護施設で育ちました。中学生の頃、イヤになって施設をとび出し東京の繁華街を彷徨っていたとき、露巳代表に助けていただいたのです。いま運転しているナナコをはじめうちのスタッフ全員同じなのです。行き場を失った少女たちを露巳代表は救ってくれました。そして露巳代表は、世の中の一番奥底に存在する悪の核を絶たなければならないと確信されました。
すぐにワタシは、ピンク色のテロリストとしての自分の決心をあらためて思いかえした。
人類が滅んだ後あるいは数万年先、はるかな未来に知性を持った新しい生き物、もしくは宇宙から知的生命体がやってきて地球の地面を掘ったとき、恐竜の化石、三葉虫やアンモナイトの化石などよりも、たくさんの人類の痕跡が残されているから。アスファルトで覆われたたくさんの道路網や巨大なビル群などの大都市跡。そして土に還ることのない金属やプラスチック類や化学物質等々。
地球は、未来の知性を持った新しい生き物や宇宙の知的生命体のためにも、もう少しだけ変わらなければならない。だからこそ、ポニーテールにライトピンク色の大きな耳が垂れたブタの顔が真ん中にあるカチューシャをし、セレクトモカのピンクニットのディズニーコーデのワタシは、この地球のピンク色のテロリストにならなければならないのだ。
突然、シーちゃんが顔をあげピンク色の小さな舌で上空をペロペロ舐めるような仕草をすると、ふたたびワタシの細い左の二の腕を顔を乗せて何事もなかったかのようにすうすう寝息をたてた。そのおかしな仕草にフッと微笑み、ワタシもようやく重いまぶたを閉じずにはいられなかった。




