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シーとピンク色のテロリスト  作者: ユッキー


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SCENE19



 わずかな明かりが10枚ほど並んだリビングの一面窓から差しこんでいた。高層ビルの赤い航空障害灯が点滅するたびに窓際の床も赤く点滅する。窓の外はごく自然に都心の真夜中の日常が繰りひろげられ、有象無象(うぞうむぞう)の人間の営みがつづいている。一千万人を超える人間がいるこの大都会でも、ワタシたちのように草原の美しきチーターのごとく息を潜め、今にも現れる敵 ──社会の中枢を担う人間と裏社会の中枢に属する人間── を待ち構えている人間は他にいないだろう。それでもワタシは現状を冷静に把握し、やるべきことを実行する覚悟ができていた。そして手元のiPhoneの時刻が24:00になった。

 機密性が高いマンションのため足音は聞こえないだろう。ワタシと春子さんはじっと森のフクロウのように耳を澄ませ、玄関ドアの開く音だけに集中した。



 AM24:01


 ()いだ暗闇に軽快に玄関ドアが開く音が()しんだ。すぐに琢磨(たくま)というツイストスパイラルパーマの若い男らしき陽気な声が響き、はじめて耳にする男性の低い笑い声も地を這うように聞こえた。レザーソファの両側で姿勢をやや低くして待ち構えるワタシと春子さんは、深呼吸をし森のフクロウのように暗闇に馴染んだ視力で目配せをした。リビングのドアが勢いよく玄関側に開いた。玄関の照明から派生した光が差しこんで若干(じゃっかん)明るくなった。


 ──あれ? 真っ暗だ! という声のあと、


 ──なんだ! ソファで(ふさ)がれてるぞ!


 意表をつかれ仰天した声を発した琢磨というツイストスパイラルパーマの若い男が、ソファの背もたれに手をかけた瞬間、ワタシは用意していた缶ビールのプルタブを開け、男の顔に向かってビールを噴出させた。


 ──なんだ、わぁー! 


 薄暗い中で琢磨という若い男が(わめ)き声をあげ身体をのけぞらせると、その隙に春子さんがスタンガンを、バチバチバチッ!! とスパーク(空中放電)させ男の胸の当たりに押し当てた。次に春子さんは素早くレザーソファを軽快に跳び越えると、(ひる)んだもう1人のツイストスパイラルパーマのジョーという若い男のお腹の当たりにもスタンガンを押し当てた。バチバチバチッ!!


 ──今よ! 早く!


 春子さんの叫び声とともに、ワタシは陽葵(ひまり)ちゃんを抱きあげてレザーソファの向こう側に降ろすと、すかさずワタシも一気にレザーソファを跳び越え、陽葵ちゃんの手をしっかりと握って照明が灯る玄関へ向かって駆けだした。


 ──ふざけやがって! 


 琢磨というツイストスパイラルパーマの若い男の怒声が激しく響く。なおも春子さんは、玄関方向へ逃げようとした残りの低い笑い声の男の背中に、スタンガンをスパークさせて押し当てた。バチバチバチッ!!


 ワタシは陽葵ちゃんの手をしっかりと握ったまま、もう片方の手で玄関ドアを開けると、無我夢中でそのまま高級ホテルのような壮麗な絨毯敷きの内廊下に跳びだしエレベーターホールに向かって駆けつづけた。険しく顔を(ゆが)めながらも陽葵ちゃんはしっかりと付いてきてくれたが、春子さんが気になってわずかに振りかえると、男たちの怒号が飛びかうなか、ちょうど春子さんも内廊下へ跳びだしたところだった。エレベーターは男たちが降りて間もなかったため、そのまま39階で待機していた。ワタシは素早く叩くようにボタンを押すとあらためて後ろを振りかえった。春子さんは懸命にそのしなやか身体で前傾姿勢を保ったまま、まるで草原のチーターのように駆けていた。しかし怒号を浴びせながら、内廊下の暖色系の照明のもとで琢磨と思われるツイストスパイラルパーマの若い男が、小型拳銃を春子さんの背後に向けて構えたのが見えた。


 ──危ない!!


 ワタシが叫ぶと、春子さんは絨毯敷きのフロアへダイビングをするように跳びこんだ。パシューン! サイレント銃と思われる乾いた銃声がホテルのような壮麗な内廊下に響いた。ワタシはエレベーターのドアを開けたまま春子さんが跳びこむのを待った。

 パシューン!! 2発目の銃声とともに春子さんが倒れこむようにエレベーター内に跳びこんだ。すぐに(うめ)き声をあげた春子さんの左太腿に銃弾が(かす)ったようだ。すぐにワタシはエレベーターの閉まるボタンを押すと、春子さんに覆いかぶさるようにして次の銃撃に備えた。しかし内廊下からエレベーター内は死角となるため、それ以上銃弾を撃ちこむのは不可能のようだった。そのままドアがスッと閉じると、ようやくエレベーターが階下へと動きだした。


 ──大丈夫? 春子さん!


 ──ありがとうございます、MOMOE様! ほんの(かす)り傷よ! このぐらいならなんでもないわ。それよりもアイツらはもう1台のエレベーターで必ず追ってくるはずよ。MOMOE様! 3階のボタンを押してください。3階から東京ミッドタウンへつながるグリーンブリッジがあるんです!


 春子さんへ覆いかぶさっていたワタシは、急いで立ちあがり3階のボタンを押した。最新の高層マンションのエレベーターは下りる速度がとても速い、陽葵ちゃんは極度の緊張のためか顔がひきつっていたし、春子さんは出血した左太腿にハンカチを当てていたが、ワタシたち草原の美しきチーターは顔を見合わせ、まったく余裕がないのにも関わらずぎこちなく微笑んだ。


 樹木から伸びる枝のように存在する地上3階のグリーンブリッジは、そのまま東京ミッドタウン・タワーと直結している。グリーンブリッジの両サイドには、たくさんの植栽が(ほどこ)され、マンションのガラスやミラールーパーには周囲の緑が映りこむようだ。

 エレベーターが3階に停止しドアが静かに開いた。男たちの姿はなかった。春子さんが左脚をやや引きずりながら、もう1台のエレベーターの行き先のランプを確認すると、案の定3階には止まらず1階へと下りて行ったようだ。しかしすぐにワタシたちが3階で降りたことに気づいて追ってくるであろう。ワタシたちは両サイドが緑で覆われているすでに人通りが途絶えたグリーンブリッジを急いで進んだ。春子さんは走ることは難しいが歩くことは可能だった。ワタシと陽葵ちゃんにいつもの春ような笑顔でOKサインを送った。ふとワタシは、高層マンションと東京ミッドタウン・タワーの間のけむった曖昧な夜空を見あげた。白く光る一等星は見えないが、シーちゃんはまだ吠えつづけているような気がした。

 するとグリーンブリッジの先の東京ミッドタウン・タワーの、照明が白く膨らむ入り口前に数人の人影が見えた。真ん中に子どもぐらいの身長の露巳(ロミ)代表が立ち、両側にまだ若いスタッフらしき女性が立っていた。やはりGPSでワタシたちの行動を把握していたのだろう。黒人のような縮れた髪に異様に発達した大きなひたいの露巳(ロミ)代表は、ひたいに隠れた小さなひとみでワタシたちを見つめて優しく微笑み感謝の言葉をかけてくれた。


 ──MOMOE様、春子さん、ほんとうにありがとうございました。ご無事でなりよりです。さあ、先にホテルの中に入っていてください。春子さんはすぐに傷の手当をしてもらってください。あとはわたしどもで対応しますから。


 ワタシと春子さん、そして陽葵ちゃんは、若い女性スタッフに案内されて東京ミッドタウン・タワー内のホテルの入り口へ向かった。しかしながら、露巳(ロミ)代表はもう1人の若い女性スタッフとともに、そのまま高層マンションと東京ミッドタウン・タワーの明かりが落ちるやや薄暗いグリーンブリッジの通路に残った。ワタシは露巳(ロミ)代表のことが気になりホテルへ入る前に振りかえった。春子さんが一瞬雲透(くもす)きの春の光のような微笑みを浮かべたあと真剣な表情で囁いた。


 ──MOMOE様、奇跡が起こります。



 

 AM24:20


 高層マンションと東京ミッドタウン・タワーの間の夜空は、あいかわらずけむった曖昧な空だった。しかしワタシにはまだシーちゃんが上空に向かって吠えつづけているような気がしてならなかった。


 ──ワタシは無事だったから、シーちゃんはもう先におやすみなさい! 


 と声をかけようとしたとき、ふたたび一点を中心にしだいに夜空が(あお)み帯びて明るくなりはじめた。またもやワタシの錯覚なのかそれもと現実なのかもあやふやなまま、やはりその中心に白く光る一等星が姿をあらわした。


 するとそれまでじっと黙ったまま立ちつづけていた露巳(ロミ)代表が、その異様に発達した大きなひたいですべてを受けとめるように、その白く光る一等星を見あげてじっと見つめた。と同時に、高層マンション3階の照明が白く膨らむ出口に追いかけてきた男たちが姿を現した。しかし3人の男たちはこちらの様子を警戒して立ち止まったまま、何やらゴソゴソと話し合っている様子だった。


 まさにその時だった。

 露巳(ロミ)代表が、蒼い夜空の白く光る一等星を見あげながら歌いだしたのだ。


 ラーララララー

 ラーララララー

 ラーララララーララー


 ラーララララー

 ラーララララー

 ラーララララーララー


 それはどこか懐かしい、白い満月のほのかな明かりによって、玲瓏(れいろう)な闇に浮かぶ山脈のような「森」から聴こえてくるような歌だった。はるか宇宙から届けられたような信じられないほど清澄(せいちょう)な、すべてを美しいと愛した天使のような歌声で。そしてその歌声は、蒼い夜空の白く光る一等星から宇宙の果てに向けてさらに昇華するように……


 ワタシはそのあまりにも美しい歌声に言葉を失った。となりの春子さんの二重まぶたの美しいひとみから涙が(あふ)れていた。ワタシもしだいに涙で視界が朧気(おぼろげ)になっていった。




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