SCENE16
途切れることのない都心の街並みに巨大な光る蟻塚のような東京ミッドタウン・タワーが、けむった曖昧な夜空へ向かっていた。現代文明の象徴である超高層ビルと隣接する真新しいタワーマンションの前でタクシーは停まった。マンションの丸みのある外観はやはりけむった曖昧な夜空へ向かい、まるで一本の大樹が聳えているようだった。都心でもトップクラスの超高級マンションと思われる。檜を基調とした格調高雅な内装のエントランスからツイストスパイラルパーマの琢磨という若い男が ──タクシー同乗中に、切磋琢磨の琢磨だと意味もなく中指をたてながら陽気に名乗った── 幾重ものオートロックを解除しながら進み、ようやくワタシたちは39階にある広い一室に辿りついた。 ──つまり露巳代表が滞在している高級ホテル(東京ミッドタウン・タワー内)に隣接する超高層マンションだったのだ──
春子さんが声を押し殺していった。
──すぐとなりがミッドタウン・タワーよ。GPSでワタシたちを追跡している露巳代表もさぞ驚いているでしょうね!
丸みのある建物の外観上、一面窓がカーブを描いて並び驚くほど解放感のあるとても広いリビングに通された。一面窓を向く縦長のレザーソファと壁側の大型スクリーンテレビを向いたL型のレザーソファが備えられていたが、ワタシと春子さんはL型のソファに案内された。
──今、妹を呼んでくるから待っててくれ。
ジョー! コーヒーを頼む!
琢磨という若い男は手短にそういうと、広いリビングルームの右側の部屋に消えた。浅黒い顔のジョーという若い男がリビングルーム内のダイニングでコーヒーの用意をはじめる。カーブを描いて10枚ほど並ぶ一面窓からの夜景は、ブラジルのセラードと呼ばれる草原地帯で夜になると光りだす蟻塚のように、都心全体がビル群の明かりで覆われていた。春子さんがワタシの顔を見て頷くと、全身を軽くくねらせリズムをとりながら鼻歌をうたいはじめた浅黒い顔のジョーという若い男に声をかけた。
──ジョーさん! ひとつお尋ねしたいことがあります。あまりにもこのタワーマンションがハイグレードなのでとても驚いてしまいましたが、やはりオーナーは琢磨さんなのですか?
ジョーという若い男は、瞬時に浅黒い顔に苦笑いを浮かべた。
──まさか! 俺らにこんな都心のど真ん中の高級タワマンが買えるわけないじゃないか! 条件付きで使わせてもらっているのさ!
春子さんはさらに探りをいれた。
──その条件とはどんなこと?
浅黒い顔のジョーがソファの前のローテーブルに、HERMESのプラチナシルバーのコーヒーカップを置きながら嗤笑した。
──簡単な条件さ! 君たちみたいにめっちゃ可愛い子に声をかけてここに連れてくること! 実際にこの部屋に住んでいるのは琢磨だけれど、俺だって下の階の部屋に住んでいるんだ。
まあ、おかげでナンパがしやすくなった。赤坂の高級タワマンに住んでいるっていえば、簡単についてくる女の子は多いからね。
俺ら運が良かったんだ! いつものように琢磨と渋谷でナンパしていたら、ある男から条件付きでこの仕事を誘われたんだ。ここだけの話しだけど、琢磨は正真正銘のロリコンだから大ノリさ! 絶対に内緒だぞ!
その時だった。リビングの右側の扉が開いて、琢磨というツイストスパイラルパーマの若い男が1人の少女の手を引いて入ってきた。たしかにスマートフォンの画面の写真と同じ細面の美しい少女だった。
──待たせてすまない。妹の陽葵だ! ほら、聖心女子学院のお姉さんに挨拶して!
やはり緊張しながら微笑んでいるもののどこか何かに怯えているような少女は、小さな可憐な声で軽く頭を下げた。
──はじめまして、妹の陽葵です。
ワタシと春子さんも、陽葵ちゃんの仕草を注視しながら立ちあがり頭をやや深く下げて挨拶を返した。
──はじめまして、陽葵ちゃん!
琢磨というツイストスパイラルパーマの若い男は、満足したように大きく頷くと陽葵ちゃんの頭を撫でながらいった。
──陽葵! このふたりのお姉さんはお前が入りたいと希望している聖心女子学院のお姉さんだ。今夜特別にどんな勉強をしたら入学試験に合格できるか教えてもらえるから、よく話しを聞いてごらん!
ワタシと春子さんは頷きながら、陽葵ちゃんに向かって微笑んだ。陽葵ちゃんもやや緊張がほぐれたのか先ほどとは異なる微笑みを返してくれた。浅黒い顔のジョーと呼ばれている若い男が、陽葵ちゃんのためにHERMESのマグカップをローテーブルに置いた。と同時に琢磨という若い男がワタシと春子さんに向かっていった。
──陽葵に少し話しをしてやってくれ。
だがもう11時になる。今夜はこの部屋に泊まるといい。俺とジョーは今からまた出かけるから朝まで帰らない。右側の扉を開けると3つ部屋があるが1番奥の部屋はツインベットがある客人用だ。眠くなったら遠慮なく使ってくれ。それからこれが今夜のお礼だ。では頼む!
春子さんに白い封筒を渡すと、琢磨というツイストスパイラルパーマの若い男は、ジョーに声をかけてそのまま部屋から出ていった。
とりあえずワタシと春子さんは、ふっと息を吐いた。たしかに大型スクリーンテレビの置いてある壁の丸い壁掛け時計の時刻はもう11時を過ぎている。ワタシは陽葵ちゃんに向かって微笑みながら、ずっと疑問に感じていたことを尋ねてみようか迷ったが、まだ時期尚早と判断した。
──陽葵ちゃんは今何年生なの?
──春から6年生です!
陽葵ちゃんは、BURBERRYのミニスカートを穿いていたが、両脚をきちんと揃えてソファに腰掛けていた。言葉そのものも澱みなくはっきりしていて、裕福な家庭できちんとした教育のもと育ってきたのだろうと思われた。やはりそこには、琢磨というツイストスパイラルパーマの若い男の風貌や素行との違和感を大きく感じずにはいられなかった。
──陽葵ちゃんは、聖心女子学院に入りたいの?
──はい! 憧れています!
ワタシと春子さんは、目配せをしてから今度は春子さんが話しをつないだ。
──陽葵ちゃんは明日も学校でしょ? もう遅いから話しはまた今度にした方がいいと思うの。もう本来ならとっくにおやすみしている時間だし、必ず陽葵ちゃんにお話しをするってお姉さん約束するから。
すると陽葵ちゃんはワタシと春子さんの顔を気早く見てから、いったん一面窓にひろがる都心のビル群の照明に彩られた夜景を見つめた。それから一瞬、何かを思い出したような表情を細面の美しい顔に浮かべると深く俯いてしまった。ふたたび何かに怯えているようにもみえる。そして深く俯いたまま ──ワタシと春子さんを少しでも信用してくれていると思いたかったが── 可憐な声で衝撃的な言葉を発した。
──でも今夜はこれから、大事なお客様がいらっしゃる予定なの。だからお姉さんたちは先に休んでください!




