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シーとピンク色のテロリスト  作者: ユッキー


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16/77

SCENE14



 AM7:00


 生成色(きなりいろ)で統一されたワンルームマンションのフラワーデザインの薄手の白いレースカーテンが、彩光によって折り重なるように花がひらき、すでに朝の陽光は十分な光を供給していた。まだシーちゃんは布団にうつ伏せのままときどき寝言をいいながら熟睡している。光の花がひらいたレースカーテンを開くと、暁光(ぎょうこう)が神宮の森を(あか)く包み、後方に連なるビル群までも霞みながらオレンジ色に染めていた。赫く目覚めはじめた都心の街並みは、森羅万象(しんらばんしょう)すべてが地鳴りのように動きだしていた。

 ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を聴きながら、エッグトーストとマカロニサラダを食べた。こうしてクラッシック音楽を聴いていると、崇高な世界へ導かれこころが浄化されていく。それはワタシにとって大きなこころの恢復(かいふく)だった。

 シャビーローチェストの上に置いてある、暖炉の焔のようなWoodWickのアロマキャンドルが、ときおりパチパチと癒しの音を(かな)でる。窓から差しこむ陽光は、布団の中で眠りつづけるシーちゃんをあたたかな眼差しで包んでいた。シーちゃんが目覚めたらゆっくりと散歩に行こう。森羅万象すべてとの交信を試みるシーちゃんの大好きな散歩へ……


 ──今日の夕方から春子さんとともに今回の任務が着手されることになっていた。念のためにワタシは、ミホコにマンションの合鍵を渡し毎日のシーちゃんの食事の世話をお願いしていた。生まれてこのかた一度たりとも怒られたり叱られたことがないシーちゃんは、至純な雪片(せっぺん)のように無垢であり、初対面のミホコに対してもまったく疑うことを知らないであろう──




 AM9:00


 今日もZOZOで買った黒のバスケットハットをかぶり、明治神宮外苑をシーちゃんとお散歩。風もなくそんなに寒くはないが、思ったよりも人が多い。シーちゃんはやはりまっすぐに歩かずにあちこち匂いを嗅いでばかりいる。リズムよく歩き出したかと思えば、急にUターンし鼻先を地面につけて匂いを嗅ぐ。ワタシも久しぶりに豊潤な樹々の緑に包まれて気持ちがいい。シーちゃんと同じくアミニズムを否定しないワタシは、自然にとけこむことを望んでいる。

 先を歩く陽光に照らされたシーちゃんの白とゴールドの体毛が稲穂のように(なめ)らかに輝き、その美しさと愛らしさに思わず声をかけると、丸い顔を振りむいたシーちゃんは、そのつぶらな丸いひとみでワタシを見つめた。


 ──シーちゃん!


 ワタシは(ひざまず)き、ありったけの愛情を込めてそのふわふわの体毛の小さな身体を抱きしめた。




 PM18:00


 ふたたびワタシは、赤坂の東京ミッドタウン・タワー内の高級ホテルのスイートルームで、株式会社「小さな人たち」の露巳(ろみ)代表と春子さんと最後の打ち合わせを行い、用意されていた東京都内のお嬢様学校として有名なある私立女子高校の制服に着替えた。いつもの優雅で上品な香りのコーヒーを口にしながら、スイートルームの一面窓からすでに恩光(おんこう)の去ったビル群の照明に彩られた底のない自由無碍(じゆうむげ)な都心を眺めた。 ──白くライトアップされた東京スカイツリーが、まるで白い墓標のよう──

 同じ制服姿の春子さんが、やや恥ずかしげな笑顔でいった。


 ──さすがMOMOE様! どこから見ても上品でとても育ちの良いお嬢様にしか見えませんね!


 ──春子さんこそ、容姿端麗なご令嬢そのものです! JKメイクも完璧ですね!


 ふたりで見つめあって、まさに女子高生のように無邪気に笑い合った。


 ──しつこいようですが、今回はあくまでStep1として、デートクラブの背後に存在するであろう「ビック・ブラザー」の有無の確認がテーマです。彼らの正体が判明できればそれで十分。相手の力量が推し量れない現状で深追いは禁物、命取りになってしまいます。とにかく気をつけて、成功をお祈りしております。


 「株式会社小さな人たち」の露巳(ロミ)代表は立ちあがり、異常に発達した大きなひたいの下の小さな澄んだひとみで、ワタシと春子さんを同時に見つめながら小さく頷いていった。


 ──春子さん! MOMOE様を頼みますね!


 スイートルームの一面窓にひろがる都心の華やかに彩られた風景には、底の見えない深淵(しんえん)で巨大な闇の力が隠されている。ワタシと春子さんはその闇の底を覗こうとしているのだ。最後にワタシたち3人は、露巳(ロミ)代表の子どものような小さな手を中心に、祈るように手を取り合った。




 PM20:00


 やはりけむった曖昧な夜空だった。雑多な若者で賑わう渋谷スクランブル交差点を、ある有名私立女子高校の制服姿のワタシと春子さんは、あくまでも自由奔放なJKを(よそお)い微笑を(たた)えながら歩いていた。地鳴りのような喧騒が地を這うように響いている。本当に雑多という言葉がピッタリなほど無秩序で曖昧な若者で溢れていた。すれ違う多種多様な人間の好奇の眼差しが、否応(いやおう)なしにワタシと春子さんに向けられる。春子さんが微笑みを崩さないまま小さく呟いた。


 ──MOMOE様! きっと彼らは見ているはずです。試しに何回か交差点を往復してみましょう!


 小さく頷いてから、ワタシはけむった曖昧な夜空を見上げた。やはり星たちは見えない。繁栄を謳歌する雑多な若者の中で、どれほどの人間がその繁栄を疑っているのだろう。だれひとりとして曖昧な夜空から星を見つけようとはしていない……




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