SCENE13
AM9:30
白いBENTLEY |CONTINENTALは、赤坂の東京ミッドタウン・タワーのフェラーリやランボルギーニなどの高級輸入車がならぶ地下駐車場へ滑るように入り、ワタシはそのまま春子さんに案内されてミッドタウン内の高級ホテル45階にあるシックな雰囲気の日本料理店の暖簾をくぐった。個室部屋に入るなり解放的な一面窓から高くなった陽に薄められた蒼空と、陽に反射するビル群などの隆盛を謳歌する都心の風景が飛びこんできた。
丸型のテーブルには、すでに「株式会社小さな人たち」の露巳代表が腰かけていたが、ワタシの姿をみとめるとすぐに立ちあがり、異様に発達した大きなひたいの下に隠れる小さな目でじっとワタシを見つめながら、子どものような小さな両手でワタシの両手を重ねるように握った。
──こんな朝早くにお呼びだてしてたいへん申し訳ありません。急を要することでしたので。あらましは春子からお聞きかと思いますが、さあ、どうぞこちらにお掛けください。
ワタシが丸型テーブルの席に着くと露巳代表と春子さんもつづいて席に腰かけ、優雅で上品な香りのコーヒーが用意された。ワタシがコーヒーを口に運びふっと息をつくと、露巳代表は異常に発達した大きなひたいをそなえた頭をやや重そうにして小さく頷き、美しく懐かしい声でゆっくりと話しをはじめた。
──先日お会いしたおり、現在の人間社会では、わたくしどもと相対するある巨大な力が《小さきものたち》を脅かし、わたくしどもと《小さきものたち》がともに生きつづけることが困難になってきている現状を申しあげました。仮にその相対する巨大な力を「ビック・ブラザー」と呼ぶとするならば、わたくしどもはその「ビック・ブラザー」の動向を、あらゆる手段を駆使し密かに注視してきました。ところが今朝のNHKニュースで報道された今回の事件によって、闇の力と思われていた「ビック・ブラザー」の存在が公にされる可能性が生じてしまいました。当然「ビック・ブラザー」は、長らく日本社会を影で操る闇の存在として存続しつづけてきた自分たちが明らかにされることを望んでおりません。断固拒否し、是が非でも阻止してくるでしょう。おそらくはいかなる手段も厭わないはずです……
そこまで話しをすると露巳代表は、あらかじめ設定されていたかのように立ちあって一面窓まで歩き、異常に発達した大きなひたいに隠れるひとみで、薄蒼い曖昧な空と繁栄に溺れる都心の風景を凝視した。そして深謀遠慮な深呼吸をすると、子どものような指である方角を指差しながら話しを再開した。
──ここからちょうど見えるあのマンションなのです。あの赤坂のウィークリーマンションで監禁されていた小学校6年生の少女4人が無事に保護されたものの、犯人とおぼしき20代後半の男性が同じマンションの一室で煉炭自殺を図るという事件が起きました。それは今朝のNHKニュースで報道された通りです。この自殺したとされている男性は、未成年の少女専門の違法なデートクラブ ──小学生などの児童をメインとする売春行為── を経営していました。現在、警察がこの男性の自宅を家宅捜査しているようですから、今後あらたな真実が明らかにされるかもしれませんが、わたしどもはこの少女専門のデートクラブの実態もある程度把握をしていました。このデートクラブは高額な会員制のクラブとなっており、顧客には大物政治家、実業家、大手企業役員、医師、財閥の大立者、皇族に至るまで、著名な人物が多数いると睨にらんでいます。つまりもしこのデートクラブの顧客リストが公になると日本社会がひっくり返ってしまうほど甚大な影響があるのです。
またこの男性は、渋谷や新宿でチラシを撒いて家出少女を集めていたらしく、その数は2000人ほどにも及びます。わたくしどもはこの自殺した男性の背後に、暴力団や中国マフィアが関わっているのはもちろんのこと、さらに巨大な闇の力つまり「ビック・ブラザー」の存在があると確信しております。
一面窓から陽光が部屋の奥まで雪崩れ込むように差してきた。ワタシはもう一度優雅な香りのコーヒーを口に運び、一呼吸置いて何とか話しを聴きつづけた。
──煉炭自殺をした男性の預金額は35億円だったようです。20代後半の青年の金額としては考えられないほど破格の金額です。当然「ビック・ブラザー」は警察組織にもマスコミにも大きな影響力をもっています。残念ながら、今回の事件がこれ以上明らかにならないよう圧力をかけるのは間違いないでしょう。
日本社会は今でも男尊女卑の国といっても過言ではありません。大物政治家を筆頭に奴等の貪欲な欲望が消え去ることもありません。すでに自殺した男性の代わりの人物が用意されたという情報も入ってきています。奴等は美味の高級ステーキを貪るように、未成年の少女を貪り尽くすのを躊躇いません。もはや黙って許すことは到底できない状況です。
MOMOE様、そこでなのですが……
露巳代表は急に口をつぐみ、逡巡を巡らせるようだった。子どもほどの背丈の小さな背中が小刻みに震えていた。彼女の向こう側に広がる都心のソフィスティケートされた風景が、とても無意味に色褪せて見えた。
すると今までずっと沈黙していた春子さんが、意を決したように屹然と立ちあがった。彼女は春を呼ぶような澄んだひとみでまっすぐにワタシを見つめた。
──MOMOE様、申し訳ありませんが、わたしから話しをつづけさせてください。今回のデートクラブの顧客には警察の上層部の人間も含まれているようです。おそらく警察は少女監禁事件の容疑者が煉炭自殺したことを理由に、これ以上の捜査は行わないでしょう。すぐに幕引きを図るはずです。マスコミに関してもまったく同じでしょう。
先ほど代表の露巳が申したように、奴等の貪欲な欲望は消え去りません。すぐにも新しい経営者のもとで新たにデートクラブは営業をはじめるでしょう。ふたたび新たな犠牲者が生まれてしまいます。
MOMOE様! そこでなのですが、わたしとMOMOE様が未成年の少女として奴等のデートクラブに近づき内部に侵入するのです。奴等は新宿や渋谷の家出少女をターゲットにしています。近づくことはそれほどむずかしくないはずです。もちろんとても危険を伴うことですが、MOMOE様のことは、このわたしが命にかえてもお守りいたします。どうかこの任務を引き受けていただきたいのです……
春子さんの二重まぶたの美しい澄んだひとみは、まっすぐにワタシのこころを射抜いてきた。露巳代表も振り返って、異常に発達した大きなひたいの下の小さな澄んだひとみでワタシをまっすぐ凝視していた。
そのときだった。ワタシの頭上のライトピンク色の大きな耳が垂れたブタの顔が真ん中にあるカチューシャの大きな耳がビクんと跳ねあがった! そしてある声が聴こえてきた。それはなんとシーちゃんが吠える玲瓏透徹な声だった。不思議なことに言葉がなくてもその声の意味は完全に理解できた。シーちゃんは《前へ跳んで》といっていた。つまりこの任務に賛成だというメッセージだった。
迷わずワタシは立ちあがり、露巳代表に両手を差し出した。露巳代表も立ちあがって、その子どもような両手でワタシの両手を包むように握った。すぐに春子さんもワタシたちの両手の上に細く美しい両手を重ねた。
微笑み合うワタシたちを包むような、一面窓から差しこむ陽光が可笑しいほど眩しかった。




