SCENE12
day off……
AM7:00
生成色で統一されたワンルームマンションの遮光カーテンをあけると、いちめん曖昧な薄青い冬空が広がり、諂曲模様のような都心のなかで明治神宮の寒林の向こうに、今朝も照り映えた高層ビル群が栄耀のシンボルのように建ち並んでいる。
ふと、シャビーローチェストの上に置いてあるBAIESのディプティックキャンドルの炎が消え、生成色の壁を背景に芯から白っぽい煙の糸が立ちのぼっているのに気がついた。さらに次の瞬間、となりに置いてあったライトピンク色の大きな耳が垂れたブタの顔が真ん中にあるカチューシャの、垂れ下がった大きな耳がビクんと跳ねあがった。
しかし今回は、テロ実行の合図というよりも、何か特別に注意をうながす信号のように思われた。いつの間にか布団の中で熟睡していたはずのシーちゃんが、ほのかに白とゴールドの体毛を日映りさせながらソファの上におすわりをして、向かい側の大型テレビの真っ暗な画面を見つめている。閃いたワタシが、すぐにリモコンでテレビのスイッチを入れると、ちょうどNHKがある事件についてニュースを流しているところだった。 ──東京赤坂のウィークリーマンションに監禁されていた小学校6年生の少女4人が無事に保護されたものの、犯人とおぼしき20代後半の男性が同じマンションの一室で遺体で見つかり煉炭自殺を図った模様、なおも警察は詳細を調査中──
すると、すぐにあたかも連動するかのように、iPhoneの着信音が鳴った。電話に出ると清冽で美しい声の「株式会社小さな人たち」の露巳代表だった……
AM9:00
マンション入り口のエントランスからのインターホンが鳴った。室内モニターを覗くと見覚えのある若い美しい女性だった。先日「株式会社小さな人たち」の依頼で、舞浜海岸沿いの東京ディズニーランド・オフィシャルホテルのひとつの巨大なラグジュアリーホテルでのモデル撮影終了後、ホテル内のプライベートのミーティングルームで「株式会社小さな人たち」の露巳代表と話しをした際、上品な陶器のカップに入れたコーヒーをテーブルにそっと置いてくれた女性スタッフだった。
──はい、用意はできています、今すぐに下りて行きます!
ワタシは戦闘用のポニーテールにライトピンク色の大きな耳が垂れたブタの顔が真ん中にあるカチューシャをし、セレクトモカのピンクニットの上に黒のレザーコートを羽織った。そしてソファの上でうつ伏せになって寝ているシーちゃんの頭をそっと撫でた。
──シーちゃん、出かけてきます! 何時に帰れるかわからないので晩ご飯は用意しておきました、お腹が空いたら食べてね!
自宅マンション前に、冬陽に照り映えた白いBENTLEY |CONTINENTALが停車していて、その前にモデルのような長身のやはり白いパンツスーツ姿の女性スタッフが屹立していた。ワタシが最上級高級車に驚きながら近づくと、彼女は一瞬雲透きの春の光のような微笑みを浮かべ深々と丁寧にお辞儀をした。
──MOMOE様、突然のお呼び出し誠に申し訳ございません、代表の露巳がお待ちしております。
特徴的でエモーショナルなエンジンサウンドを奏でるBENTLEY |CONTINENTALの上質な走りに驚嘆しながらワタシは助手席から ──このBENTLEY |CONTINENTALは基本的に2人乗り── 大いなる繁栄に彩られ祭られたソフィスティケートな都心の移りゆく街並みを眺めた。 ──それらはまるで洗練された巨大な蟻塚のようだった── 本当に東京は人で溢れすぎていた、なぜこんなにも膨大な数の人々が巨大な蟻塚にひしめき合っているのか?
迎えにきてくれた彼女の名前は、春子さんといった。モデルのような容姿に似合わずずいぶん古風な名前だと思ったら、両親のつらい冬を乗りこえ春を呼ぶような人になって欲しいとの願いが込められているのだと苦笑しながら教えてくれた。そして春子さんは、今回「株式会社小さな人たち」の露巳代表がワタシを呼んだ理由の仔細を話しはじめた。事前にお互いの認識を共有しておくために……
人々の意識がまだ未明のものであった頃から、わたくしどもは《小さきものたち》とともに生きてきました。しかしながら現在の人間社会では、その《小さきものたち》とともに生きることはとても困難になってきています。なぜならわたくしどもと相対するある巨大な力が《小さきものたち》を脅かすようになったからです。仮にそのある巨大な力を「ビック・ブラザー」と呼ぶとするならば、その「ビック・ブラザー」の存在を示すような事件が昨日明らかになったのです。今朝のNHKのニュースでも報道されていましたが……
東京赤坂のウィークリーマンションに監禁されていた小学校6年生の少女4人が無事に保護されたものの、犯人とおぼしき20代後半の男性が同じマンションの一室で煉炭自殺を図るという事件が起きました。しかしながらこの事件は、犯人とおぼしき男の自殺によって解決するような単純なものでは決してありません。
この自殺した男は、未成年の少女専門の違法なデートクラブ ──小学生などの児童をメインとする売春行為── を経営していました。警察がこの男の自宅を家宅捜査しているようですので、今後あらたな真実が明らかにされるかもしれませんが、わたしどもはこの少女専門のデートクラブの実態をある程度把握しています。このデートクラブは高額な会員制のクラブとなっており、顧客には大物政治家、実業家、大手企業役員、医師、財閥の大立者、皇族に至るまで、著名な人物が多数いると睨んでいます。またこの男は、渋谷や新宿でチラシを撒いて家出少女を集めていたらしく、その数も2000人ほどに及びます。わたしどもは、この自殺した男の背後に巨大な力、つまり「ビック・ブラザー」の存在を感じているのです。
白いBENTLEY |CONTINENTALは、快調に
大いなる繁栄に彩られ祭られたソフィスティケートな都心を疾走していた。陽はずいぶんと高くなって薄青い空をやはり曖昧にしている。大いなる人間社会の繁栄、ソフィスティケートな都心の街並みとは、このような不気味で欲望に満ちた闇深い世界を根城として成り立っているのだろうか?
地球は、未来の知性を持った新しい生き物や宇宙の知的生命体のためにも、もう少しだけ変わらなければならない。そして曖昧でけむった夜空を、美しい夜空に恢復しなければならない。だからこそ、ポニーテールにライトピンク色の大きな耳が垂れたブタの顔が真ん中にあるカチューシャをし、セレクトモカのピンクニットのディズニーコーデのワタシは、この地球のピンク色のテロリストになったのだ。
さすれば「ビック・ブラザー」こそが、ワタシのテロリストの標的ということ?




