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シーとピンク色のテロリスト  作者: ユッキー


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SCENE11



 アパレルサイトのモデル撮影は、巨大なラグジュアリーホテル内のウエディング用スタジオとガラス張りの外観のクリスタルチャペルで滞りなくスムーズに行われた。 ──スタイリスト、ヘアメイク、カメラマンの全員がプロフェッショナルな若い女性だった── 休憩をはさんで夕方に撮影が終了すると、ホテル内のプライベートのミーティングルームに通され、ふたたび「株式会社小さな人たち」の露巳(ロミ)代表が現れた。あらためて彼女の異様な容姿に驚かずにはいられなかったが……


 しばらくの間、露巳(ロミ)代表は窓辺に立ったまま海岸や対岸の都心など夕焼けがすべてを赫く覆いつくす光景を見つめていた。異常に発達した大きなひたいがさらに濃く褐色(かっしょく)に染まり、派手な赤いブレザーがどこかの民族衣装のようにさえ感じられる。あたかも未開のジャングルから大都会に紛れこんでしまった不釣合いな原住民のように…… やはり若い女性スタッフが、上品な陶器のカップに入れたコーヒーをテーブルにそっと置いてくれた。彼女たちスタッフの立ち振る舞いは、撮影のときから完璧なほど行き届いていた。

 ワタシとマユが上質なコーヒーを口にすると、ようやく露巳(ロミ)代表は振りむいてゆっくりと話しをはじめた。彼女の清冽(せいれつ)で美しい声は、地球上に生物が誕生して以来ずっとワタシたちを見守りつづけている大きな眼差しのように、その美しく懐かしい声が、ワタシの心奥(しんおう)にまで響いてきた。


 ──人々の意識がまだ未明のものであった頃から、わたくしどもは《小さきものたち》とともに生きてきました。おそらくその存在はわたくしどもの理解や定義を超えたものであるでしょう……

 しかしながら現在の人間社会では、その《小さきものたち》とともに生きることはとても困難になってきています。なぜならわたくしどもと相対(あいたい)するある巨大な力が《小さきものたち》を脅かすようになったからです!

 MOMOE様、あなたは《小さきものたち》がこの世界に存在していることに気づきはじめていらっしゃる。あなたのその予覚にわたくしどもはとても驚かされました。僭越(せんえつ)ながら、この度こうしてご一緒にお仕事をさせていただき、わたくしどもはあらためて確信することができました。あなたはある底知れないチカラを内包されていらっしゃいます。そのチカラの根源がどこにあるのかまだ明確ではありませんが、計り知れないチカラであることは間違いありません。ぜひわたくしどもにあなたのチカラをお貸しいただきたいのです。わたくしどもは《小さきものたち》とともに生きつづけていくことを切に願っております……


 露巳(ロミ)代表は異常に発達した大きなひたいに覆われた小さな(まなこ)で、ワタシをじっと見つめた。そのまっすぐな眼差しに偽りはなかった。背後のいちめんの夕空が落陽の豊潤な光に赫々と燃えている。ひとつの雲が何かに似ていた。シーちゃんだと思った。



 混雑した帰りの電車で、ワタシとマユは竜宮城からの帰途のような異様な感覚のまま、風波(かざなみ)に身をまかせるように電車に揺られていた。お互いに話したいことが山のようにあるにも関わらず、言葉がなかなか出てこない。まだ夢心地なのだろうか? 朝からディズニーランドのアトラクションに連続で乗車したような非現実的な現実がつづいたのだ。その場でしゃがみ込みたいぐらい身体の力は失われていたが、けっして不快な疲労感ではなくむしろ爽快な疲労感だった。そしてワタシはこの爽快な疲労感を共有してくれたマユに感謝しながらも、早く帰ってシーちゃんを抱きしめたかった。無性(むしょう)にシーちゃんに会いたかった。


 ──マユ、今日は本当にありがとう。今夜はゆっくり休んでね。また明日連絡するね!


 小さく手を振るマユと東京駅で別れたあと、ワタシはすぐにタクシーに乗って自宅マンションへと急いだ。すっかり日が暮れた都心の街並みは、湧きあがる泉のような(まばゆ)光彩(こうさい)に満ちあふれ、見たこともないスナップ写真が虚しく次々に流れていく。後部席のシートに深くもたれ軽く目を(つむ)る。タクシーのラジオは、FM放送のクラシック音楽番組を流していた。ここでヤナーチェックの『シンフォニエッタ』が流れていたら、まさに『1Q84』の冒頭の主人公青豆(あおまめ)そのものだと思ったが、曲はブラームスの交響曲第1番だった。


 ──人々の意識がまだ未明のものであった頃から、わたくしどもは《小さきものたち》とともに生きてきました……

 

 と『株式会社小さな人たち」の露巳(ロミ)代表はいった。《小さきものたち》? それは『1Q84』に登場する「リトル・ピープル」と同じことなのだろうか? ワタシが《小さきものたち》の存在に気づきはじめている? ワタシが気づいたのは、アフリカの草原で草叢に身を隠し、じっとシマウマを狙うライオンのような視線だった…… まさかその視線が《小さきものたち》だったというの? たしかにワタシはアニミズムを信じたいと思っているのではあったが……



 ソファの上でうつ伏せになって熟睡していたシーちゃんにそっと腕をまわして抱きしめた。生成色(きなりいろ)の壁を背景にシャビーローチェストの上に置いてある、暖炉の焔のようなWoodWickのアロマキャンドルが、ときおりパチパチと癒しの音を(かな)でる。

 フラワーデザインの薄手のレースのカーテンをあけると、いつもと変わらない暗闇に抵抗する無機質なビル群が放つ明かりに色褪せけむった夜空から、星を見つけることはむずかしい、明治神宮の森は山のように(くら)く眠っていた。

 ワタシはすぐに晩ご飯の用意をした。 ──シーちゃん、ご飯だよ と呼んでもシーちゃんはソファの上でうつ伏せのまま起きてこない。シーちゃんはいつも猫のように寝てばかりいる。しかし今夜はなぜかそれが、明日の戦いに備えて眠る最前線の兵士のように感じられた。 ──ある底知れないチカラ、そのチカラの根源── ワタシにはわかっていた。それが目の前のソファの上でうつ伏せのまま、ときおり寝言を発するぬいぐるみのような可愛らしい戦士のチカラだということを……




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