SCENE10
午前8時、JR京葉線舞浜駅で下車した。本日予定の、あるブランドのモデル撮影にあたり、依頼主から指定された場所が東京ディズニーランド・オフィシャルホテルのひとつだった。さっそくワタシとワタシの仮のマネージャーのマユは、ペデストリアンデッキを西へと向かった。すでに冷えた大地をなぐさめるように薄青い東の空には白光が昇り、風もなくとてもおだやかだった。開園までまだ時間があったためか、ディズニーランドへ向かう人はまばらだった。ワタシはこの1週間のあいだ、なんとか今回の依頼主「株式会社小さな人たち」の正体が「リトル・ピープル」であるというワタシたちの憶測を確かなものにするため、もう一度はじめから『1Q84』を読みかえしていたのだが……
お城風のゲートをくぐると、すぐに青い屋根にヴィクトリア朝様式の宮殿のような東京ディズニーランドホテルが見えてきた。しかし今回指定されたオフィシャルホテルはディズニーランドを通りこし、そのままペデストリアンデッキを西に向かった舞浜海岸沿いにある。黒のベースボールキャップをかぶったマユは、緊張と不安のためか口数が少なかった。
──やっぱりディズニーランドは楽しそう、近いうちにミホコも一緒に遊びたいね!
ブタの垂れた大きな耳がビクんと跳ねあがるように閃いた。ようやく口をひらいたマユの両手を取って、ワタシは笑顔いっぱいに大きく腕を振りながら、大きな声で空まで届くように歌いだした。こんなにも蒼穹は青くひろがり白光で周りは輝いているのだ。もったいない、さあ歌いましょうと。ワタシの大きな歌声にやっとマユは可笑しそうに笑い、黒のベースボールキャップをかぶり直し恥ずかしそうにしながらもつづけて歌いはじめた。
──キャラメル、マシュマロ、いちご飴、これ全部、可愛い、女の子の夢 ♫
ささいな海風が頬を懐かしいそうに撫でる。素早くワタシはヘアゴムを取りだしてポニーテールにまとめた。ライトピンク色の大きな耳が垂れたブタの顔が真ん中にあるカチューシャをつけたかったが仕事のときはつけられない。ディズニーランド・オフィシャルホテルのひとつである今回指定されたホテルは、舞浜海岸に面した椰子の木がならぶ南国風の庭園を備えた巨大なラグジュアリーホテルだった。庭園には噴水やプールさらにウエディング用のクリスタルチャペルまで備わっている。あまりの豪華さに唖然となりながら、ワタシとマユはシックな雰囲気のロビーのライトグレーのソファに腰かけた。
約束の時間まであと1分、鼓動が速くなるのがわかった。ワタシとマユは見つめ合いながら意味もなく頷く。ロビーには何組かの家族連れや若い女性のグループがいたが、ビジネスマンらしき人影はない。
ワタシがちょっとふざけて、向かい側のマユに笑顔でピースサインを送ったあと、やや天井を仰ぎ頬杖をつくように両手を顔に添えてとぼけたポーズをとったときだった。ワタシたちの方へ歩いてくるひとりの子どもの姿が見えた。派手な赤いジャケットを着たその子どもが近づくにつれ、ワタシは言葉を失った。その子どもの容姿があまりにも異様だったから…… 黒人のように縮れた髪に異常に発達した大きなひたい、肌も焼けたように浅黒い。しかもその子どもはワタシたちの方へ向かってくる。そしてワタシたちの目の前で立ち止まると、深々と丁寧にお辞儀をした。
──失礼ですが、MOMOE様でいらっしゃいますか?
──はい、ワタシがMOMOEですが。
すっかり子どもだと思っていたが、大人の女性のとても美しい清澄な声だった。よく見ると異様に発達した大きなひたいに隠れる顔は若い成人女性にも見える。しかし身長は子どものようにとても低い。
──本日は、誠にありがとうございます!
わたくしが「株式会社小さな人たち」の代表の露巳と申します、本日はよろしくお願いいたします!
名刺を受け取りながら、ふたたびワタシは愕然としていた。目の前の、暖色系のライトに照らされ異常に発達した大きなひたいがうっすらと光る女性が「株式会社小さな人たち」の代表だという。マユも黒のベースボールキャップを脱いで呆然としている。
──さあ、それではご案内いたします、すでにスタッフはスタンバイしてお待ちしておりました!




