0018黒太孫01
リューゼルとレナ姫
イラスト:香坂くら様
【 黒太孫 】
カイとアークをのぞく8人が、中央の大部屋に集まった。魔導師はテーブルの上に置かれた水晶玉をのぞき込み、それに映る何かをにらみつけている。ザプナス以外は緊張感を持って老人を取り巻き、見守っていた。
「ふむ! カイとアークはしくじったようじゃな。捕らえられてこの場所を吐かされたのじゃ。そうでなければ黒太孫フラディルの小僧めがああも兵隊を揃えてやってこれるはずがない」
その言葉は恐怖と戦慄をもたらさずにはいられなかった。一同は動揺してグリスベンを凝視する。リューゼルがそれを代表して尋ねた。
「フラディル黒太孫にカイさんとアークさんが? 今どうなっているんですか? 僕にも見せてください!」
「よかろう」
魔導師は身を外す。少年は空いたスペースに乗り入れ、水晶玉の内部を視線で探った。
「これがフラディル……!」
その姿を目にするのは初めてだった。雨の中、多数の兵士を従えて山を行軍している。映像の焦点はピタリと合っていた。
頭巾を被ったかのような豊かで黒い髪の毛だ。切れ長の両眼は猛禽のように鋭く、一切の干渉をはねつけるかのような苛烈さがある。高い鼻梁と薄い唇は潔癖さに満ちていた。弾力に富んだような筋肉は細身でしなやかである。次期国王の地位に見合った、肩章着きの黒色の外套を身にまとい、腰には業物の長剣を提げていた。
そして上下とも黒い衣装。全身これカラスのようで、人々から黒太孫と称されるゆえんである。
そしてそのすぐ隣で、顔中腫れ上がったカイとアークが縄に繋がれ道案内していた。この洞窟の場所を話しているのは疑いない。
「兄様がここへ……? ああ、きっと私を殺しに来たんだわ!」
レナが真っ青になって両手で口元をふさいだ。
「フラディル兄様は王に即位する前に、邪魔な私を始末する気よ。そうに違いないわ。王になった後、私につくゲボラ宰相の勢力が、兄様を暗殺しようと動くことを恐れたんだわ」
老人は呆れたように言う。
「ノミのような心臓の男じゃの」
「兄様は自尊心が強いのよ。何でも屈服させ、何でも思い通りにしておかないと、自分の沽券に関わると考える性格なの」
レナは地団駄を踏んだ。両手を広げて心の底から訴える。
「逃げようよ! 兄様はここに来るわ。私、死ぬなんてまっぴらよ!」
ザプナスが椅子に座って腕を組んだ。その顔は平静そのものだ。話す口調も穏やかだった。
「迎撃するしかないな」
リューゼルもレナもデガムも兵士たちも、ぎょっとして彼を見た。ときならぬ視線の雨に打たれた酔いどれは、困ったように頭をかいた。
「何だ、そんなにわしの提案はおかしいか? 向こうが殺す気でかかってくるなら、こちらもそのつもりで反撃するまでだ。それが当然だろう?」
「しかし、数が……」
「こっちにはグリスベン殿がついているんだ。なあ、魔導師殿?」
「ふむ! まあそうじゃの。恐らくフラディルの奴めは、『究極の魔導師』たる我輩をも殺しに来たのじゃろう。あるいはそっちが本命かも知れんな」
レナが首を傾げる。意味が分からない、といった表情だ。
「何で? 何で兄様が変人のあんたを殺そうとするのよ?」
「さっき自分で言っていたじゃろうが。『何でも思い通りにしておかないと、自分の沽券に関わると考える性格』じゃと。カイとアークから我輩のことを聞き出し、『究極の魔導師』の実在を改めて確認した奴は、きっと我輩を邪魔に思うたことであろうよ。ノミの心臓の持ち主としては、後々の危険の芽をつんでおきたいんじゃろうな」
すごい笑みを見せた。目の当たりにしたものが一生忘れられなくなるような、そんな笑みを。
「羽虫の言う通り、迎撃じゃ! 返り討ちにしてくれるわ」
兵士たちが震えている。
「お、俺たちも巻き込まれるんでしょうか? 俺たちはただ、ギータ伯爵の命令でついてきただけなのに……!」
ザプナスはけたけた笑った。それには恐怖を中和する効果がある。
「そう思うのならこの洞窟から脱出して隠れればいいさ。わしらは止めんぞ。何、グリスベン殿一人でも迎え撃つのは可能だろうが、万が一ということもあるからな」
「羽虫が、見くびるなよ」
リューゼルはふと自分の袖を引く指に気がついた。辿ってみるとレナである。すがるような目つきで彼を見上げていた。その肩が、ごくわずかだが震えている。
リューゼルはうなずいた。今は自分が5年前のザプナスにならねばならないのだ。
「大丈夫、君はきっと僕が守るから」
レナが微笑み、こくりと点頭した。
「頼りにしてるわ」
兵士の一人、スタットがそんなレナに力こぶを作ってみせる――膝はがくがくわなないていたが。
「俺は男だ。レナ姫、リューゼルみたいな子供だけを頼みの綱とせず、俺も信じてください! 守り抜いてみせますから!」
他の兵士たちが同調した。半ばやけくそ気味に自身を鼓舞する。どうやらリューゼルとスタットに触発されたらしい。
「お、おいどんも戦うでごわす!」
「わたくしにも任せてください!」
グリスベンがにやりと笑った。今回の争いをすごろくでも遊んでいるかのように楽しんでいる。
「よしよし、お主らよう言った。では全員戦闘準備! 鎧と武器を大急ぎで装備するんじゃ! ほれ、もたもたするなよ!」
一同は大慌てで身支度に取り掛かった。
半刻ほど経った頃だろうか。洞窟の前に100人は優に超える兵士たちが現れた。先頭はもちろん、黒太孫フラディルだった。
「レナ! お前がここにいることは分かっているんだぞ!」
ガストン国王の19歳の孫は、朗々と声を張り上げた。雨は勢いこそ弱まってきたものの、まだ地上を静かに叩いている。
「それからレナを助けに向かった我が兵士2人に対し、危害を加えたという不届きもの2名もな! 出てこなければこのカイ、アークとやらを殺してくれる! さあ、どうなんだ?」
卑怯だな、とリューゼルは水晶玉を見ながら唇を噛んだ。何が「助けに向かった我が兵士2人」だ。明らかな嘘だ。彼らはレナを殺そうとしていたじゃないか。恐らくフラディルは口実として、そう述べているのだろう。嫌な奴だった。
「……ちっ、出てこないか。まあいい。レナ、それをお前の意思だとみなしたからな」
フラディルが手を挙げた。その途端、彼の兵士たちが洞窟の中に侵入してくる。手に手に抜き身の剣を構え、戦闘する意思は明白だった。
だが、洞窟の通路はまず一直線に繋がっている。兵士たちは縦列で突入するしかない。そこが弱点だった。
「あらよっと!」
大部屋と通路の接点に立ったグリスベンは、そう叫びながら光の槍を投てきした。熊を一瞬でしとめたあの妖術だ。
「ぎゃああっ!」
「ぐえっ!」
「うぐぅっ!」
突破をこころみた兵士たちが、文字通りの串刺しになった。輝く棒に貫かれた彼らは、血飛沫を胸から吹き上げ、悶え苦しみながらその場に横転する。発光が失われても、当然開いた穴はふさがらなかった。
外の敵兵たちがおびえて悲鳴を上げる。それもそうだろう、まさしく悪夢のような出来事だったのだから。
「ば、馬鹿な! 今何をやられたんだ?」
「隊長殿、これはいったい……!」
「フ、フラディル様! 危ないです、お下がりを!」
フラディルはそんな彼らに大喝した。半ばは自分自身を叱咤する意味合いもあっただろう。