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0016山での毎日01

挿絵(By みてみん)

リューゼルとレナ姫


イラスト:香坂くら様


【 山での毎日 】




「そっちに行きましたよ!」


「何やってんだベニー! スタット、頼むぞ!」


 上半身裸で男たちが叫んでいる。ここはウォロー山中腹の森の中だ。手頃な大きさの猪を発見したので、リューゼルたち4人は今日の晩飯にと、捕獲を企てたのであった。


 猪はつぶらな瞳をきょろきょろと動かし、突き出た鼻から蒸気のように空気を噴き出して、狂ったように駆けていく。体重は人間の大人3人分はあるだろう。アークの槍に傷つけられた脇腹から血が流れ落ちていた。


 兵士のスタットが突進してくる猪に得物の穂先を突き出す。それは狙いあやまたず、猪の鼻の穴に突き刺さった。だが傷が浅かったのか、猪は首を振って槍ごとスタットをぶん回した。


「うわあっ!」


 彼は木の幹にしたたかに背中を打ち、呼吸がつまったか苦しそうに地べたへ落ちた。だが猪もまた自分の動作でバランスを崩し、斜めになりながらあさっての方向へ突き進む。


 その背後へ飛び掛ったのはリューゼルだ。ギータ伯譲りの長剣を逆手に構え、獲物の後頭部へ強烈な一撃を叩き込む。血潮が舞い散り、猪がけいれんした。横倒しになったかと思うと、もう動かなくなる。仕留めたのだ。


「やったぁリューゼル!」


「でかしたぞ!」


「さすが達人!」


 ベニー、スタット、アークの3人が呼吸を弾ませながら、跳ねるようにリューゼルと猪の元へ集まった。最年少の少年は、狩りの功績を頭をはたかれることで祝われる。そのくすぐったさに、また誇らしさに、リューゼルは笑顔を浮かべた。


「皆さんが上手く立ち回ってくれたおかげですよ。……この猪ならグリスベンさんも喜んでくださるでしょうか」




 この山に来てすでに2週間が経過している。『究極の魔導師』グリスベンはレナたちをほったらかして魔道の研究に精を出していた。しかし食事のための狩りはちゃっかりリューゼルやデガムたちに任せている。レナは同行を願ったが、さすがに危険な狩猟に少女を同行させるわけにもいかない。結局いそうろうする男8人が二手に分かれ、毎日ウォロー山のあちこちを獲物求めて駆け回る次第となった。


 成果が毎日出るわけでもない。ときにはリスや小鳥しか獲れないこともあった。そのような際、老人は烈火のごとく怒って落雷を落とすのだが、獲物だけはちゃっかりレナと自分とで食べた。もちろん男たちには分け前なしである。


 そんなわけだから、狩りは8人にとって死に物狂いの行為となっていた。何しろ獲らねば飢えるのだ。毎朝早くに洞窟を出発し、帰るのは日暮れということも多くなっていた。一番の狩りの達者はやはりデガムで、グリスベンはともかくレナにひもじい思いをさせるわけにはいかぬと、頑張って食い物を調達してくる。他の7人は彼に感謝し、信頼を厚くすることこの上なかった。




「でかしたぞ、お主ら! ようやった、ようやった」


 猪の死骸を前に、気難しいグリスベンはその笑顔で狩人たちを安堵させた。どうやら合格といったところらしい。一方デガムとザプナス、カイ、ボロツの別働隊は、多数の木の実とキノコを収穫していた。リューゼルは心弾んだ。今夜はご馳走にありつけそうだ。


「あーしんど」


 ザプナスが背負っていた編み籠をいったん通路に置く。中には食べられる野草がこれでもかと詰め込まれていた。肩をぐるぐる回して関節をほぐす彼の興味は、早くも例のご褒美に向かっている。


「グリスベン殿、今日のわしは働いただろ? もちろん労働の対価、感謝の美酒を飲ませてくれるよな?」


 そう、やっぱり酒である。実はこの洞窟には酒樽があり、魔導師はそれからブドウ酒を注いでは夜な夜なたしなんでいるのだった。その情報を聞いたザプナスが、狩猟の報酬を口実に一杯せがんだとしても不思議ではない。むしろ当然とすら言っていい。


「分かった分かった。1杯飲ませてやるわい」


「3杯で」


「……2杯だな。それ以上やってたら我輩の分がなくなるわい」


「ちぇっ、ケチだな。まあいいか」


 狩人たちがくつろいで談笑していると、レナがひょっこり現れた。リューゼルの肘を人差し指でつついた彼女は、何やら秘密を打ち明けたくてたまらなさそうな、そんな顔をしている。


「へへっ、リューゼル、ちょっといい?」


「何だい、レナ」


「こっちこっち」


 レナは一同の輪から離れると、リューゼルをいざなって彼女の寝室に招じ入れた。比較的大きい部屋には木製の寝台と物入れ、小型の机と椅子、書棚にかめ、化粧台が置かれている。レナは扉を開け放ったまま、リューゼルに向き直った。この洞窟に来てからは、グリスベンが持っていた紫のチュニックを着ている。くりりとした瞳がこちらを見上げていた。


「実はリューゼルたちが毎日狩りに出ている間、変人のグリスベンに少し魔道を教わっていたの。……見ててね」


 レナはいかにも面白そうに、右手の人差し指を立てて、胸の前に据えた。何やらもごもごと、口の中でつぶやく。


 そのときだった。


「わっ!」


 リューゼルはぐっとのけぞった。レナの指先に突如炎がともされたのだ。それはロウソクの火より大きく、たいまつのそれより小さかった。目の前の奇跡に、一瞬の驚愕から回復したリューゼルは、まじまじとそれを見つめる。


「すごい……! 本物の炎だ。熱くないの、レナ?」


「うん、爪のちょっと上で燃えてるの。ここまで来るのに長かったなあ……。変人によれば、私、才能あるってさ。どう? ちょっとしたものでしょ?」


 火は消えた。リューゼルは心の底から感心する。


「ちょっとしたものどころじゃないよ。すごいじゃない、レナ! もういっぱしの魔導師だね」


 レナは満面の笑みで喜びを表現した。


「ふふふ、ありがとう。実はこの炎、気合を入れればまだまだ大きくなるのよね。戦いや狩りにも使えそうじゃない? 明日からは私も外に出かけようかしら」


 リューゼルは苦笑する。まったく、それ以外に感情の表現のしようがなかった。


「いや、炎が木に引火したら山が燃えちゃうよ。それに外は野生動物で危険だし。レナはこの洞窟にこもってて。……でも、本当に驚いた。僕らがいなくても身を守れるようになるかもね」


「あら、私はもう独り立ちできるつもりよ」


 少女が少年の胸を拳で柔らかく叩く。


「行こ、リューゼル。お腹空いちゃった。早くみんなで調理しよ」


「うん!」


 二人は部屋を出た。




 こうして日々は過ぎていった。グリスベンとの出会いから20日ほどが過ぎ、夏の終わりがほのかに感じられるようになっても、これといった変化はなかった。リューゼルたちは相変わらず狩りに奔走し、家主はレナに魔道を教えるかたわら自らの研究に没頭した。




「そろそろギータ伯爵領城下街に使いに行ってみるかの?」


 洞窟の前で夜の鍋を囲みながら、すっかり見慣れた『究極の魔導師』はそう言った。


「家具の修理に要する道具や、これから寒くなるにあたって人数分の毛布も用意しなきゃならん。その他入り用なものは山積みじゃ。それらの買い出しと、現在のフラディル黒太孫に関する情報収集もおこたりなくしておかねばな。誰が行くかの?」


 レナが元気よく手を挙げた。


「はいはいっ! 私が行くわ!」


「あほか!」


 グリスベンはたしなめたが、これにはレナ以外の誰もが納得したことだろう。


「一番大事なお主がのこのこ出かけていってどうするのじゃ。忘れるな、他の8人はお主を守るためにこそ、このウォロー山くんだりまで出かけて来ているのだということを」


「はぁい……」


 レナはふて腐れた様子もなく、気落ちして椀の汁をすすった。ぱちぱちと焚き火の薪がはぜる中、リューゼルは挙手してみた。


「僕が行きましょうか」


 老人はブドウ酒をちびちび飲む。提案を脳内で吟味しているのは明らかだった。


「いや、駄目じゃ。お主とザプナスはフラディルの追っ手に顔を見られておる。デガムも顔が利きすぎて駄目じゃ。どうせならギータ伯爵にもそれと悟られずに行動を済ませたいからのう……。よし」

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