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0015洞窟

挿絵(By みてみん)

リューゼルとレナ姫


香坂くら様より応援イラストをいただきました!( ;∀;)


ありがとうございます!∩(´∀`∩)


【 洞窟 】




 前方で光がまたたいている。グリスベンがロウソクに火でもともしたのだろう。洞穴は奥に行くほど広くなり、岩壁は乾いて風の存在を知らしめた。どこか別の穴と繋がっているに違いない。


 あの熊を八つ裂きにした光の槍は、もし自分たちに向けられたとしたらかなりの脅威だ。剣で防ごうにも刀身ごと真っ二つにしてしまうだろう。魔導師が態度を豹変しないことを願うばかりだ。


「さ、この扉だ。入れ入れ。我輩は熊を倉に収めてくる」


 グリスベンはロウソクの火を分けると、片方をデガムに渡して右の道に一人進んでいった。デガムはレナと顔を見合わせる。彼女は肩をすくめて「仕方ない」と言いたげだった。デガムが扉の取っ手に手をかけたのは、忠誠と勇気の表れだ。


「これは……!」


 デガムが開いたドアの向こうで、感心しきりといったため息を漏らした。


「何々デガム、私にも見せてよ」


 レナがデガムの肩越しに奥を見やる。彼女もまた感嘆した。思わず、という風に口笛を鳴らす。


「すごい! まるで神殿ね!」


 こうなると興味と好奇心をかき立てられ、我も我もと後続が殺到する。リューゼルはザプナスに押されながら「まるで神殿」の空間に身を投じた。


「うわあ……!」


 少々間の抜けた声を発しながら、レナの感想があながち嘘でもないことをリューゼルは確認した。


 そこは巨大な空間だった。岩盤をくり抜いたらしき正方形の室内は、四隅の円柱――それは4分の3が壁に埋まってはいたが――によって支えられていた。リューゼルたちの立っている場所は1階半ともいうべき通路で、手すりの向こうに吹き抜けの部屋が鎮座している。


 そこにはしゃれた長テーブルに四つの木椅子が2組ずつ正対して並べられ、ブドウ酒らしき瓶と杯が放置されていた。足元には緋色のじゅうたんが敷かれていて、控え目な書棚をその端に二つ載せている。部屋は四角く水路によって囲まれていて、奥の壁から流れ落ちる清流を通していた。リューゼルが手すりに掴まって下を見下ろすと、その水流の出口らしきものがちょうど真下の壁に開けられていた。


 天井には縄で厳重にくくられた岩石が、2方向からやはり縄で取り付けられている。何だろう、あれは?


 以上がはっきり確認できたのは、壁にかけられたたいまつの明かりがあったからだ。それは部屋の四方でこうこうと燃え盛り、この洞窟内とは思えない素晴らしい空間を真昼のように照らし上げていた。


「素敵ね……!」


 レナがうっとりとつぶやいたが、誰もが同じ感想を胸に抱いたであろう。美術への造詣(ぞうけい)が深くないものでも、この光景の優雅さに胸打たれていた。リューゼルは左右へ伸びる通路が階段に繋がっていると気付き、早速下りてみた。これも探求心のなせるわざだ。


 階段は曲がりくねって、四半円を描いて部屋に続いていた。あの流水はステップの下部の穴を通して続いているようだ。リューゼルは反対側を使って到着したレナと共に、木椅子に向かい合って座った。


「ねえリューゼル、これあの変人にしてはなかなかの美的感覚じゃない? 気に入っちゃった」


「僕もさ。特にこの水の綺麗なこと! これに囲まれていたら夏でも涼しく感じるね」


「わしはこいつが気に入ったな」


 ザプナスが隣に座り、図々しく酒瓶に手を伸ばした。杯に中身を注ぎ込む。リューゼルがさすがに押しとどめた。


「ちょっと師匠! まずいですよ、勝手に飲むなんて。厚かましいにもほどがありますよ」


「いいじゃんか、ちょっとぐらい。けちけちすんな」


 レナは階段を伝ってきたデガムや兵士たちに両手を広げた。すっかりくつろいでいる。


「ここに住めたら最高じゃない、デガム? 問題はあの変人が許してくれるかどうかだけど」


「何とか頼んでみましょう」


 そこへ怒声がとどろいた。リューゼルは今来たばかりの扉を見上げる。グリスベンが光の槍を、今まさにこちら目掛けて投てきするところだった。


「何やっとるんじゃ、羽虫ぃっ!」


 ぶん投げられた輝く棒は、ザプナスの顔と杯のちょうど間を通り抜けて、壁に突き刺さった。あっという間の出来事で、誰もが身動き一つできなかった――いや、ザプナスはできた。攻撃はザプナスの頭部目指して行なわれたのだ。それを彼は、ほんの少し身を反らすことで、正確にかわしたのである。


 投げた方も投げられた方も、尋常ではなかった。


 老人が妖術をすかされたことに、顔を真っ赤にして激怒して、第二弾を放とうと振りかぶる。リューゼルはザプナスを身をていしてかばった。緊張と恐怖で喉をつっかえながら、声の限り叫んだ。


「ま、待ってくださいっ! 師匠の粗相は僕が止められなかったのが悪いんですっ! 僕が責任を取りますから、どうかご容赦をっ!」


「やかましいっ! 我輩の酒を返せ、この羽虫がっ!」


 光の槍が再び撃ち出され――はしなかった。何と彼の頭の上にいた蜘蛛『シュプロー』が、のそのそと動いてご主人様の顔面を覆ったのだ。


「こ、これ、何をするシュプロー。やめんか、やめんか……」


 魔導師の手から白光が消える。その手はペットの胴に伸び、それを優しく撫でていた。


「よしよし、驚かせてしまったようじゃな。どうどう、落ち着け、落ち着けシュプロー……」


 緊迫した場面に、それは場違いな光景だった。蜘蛛が鎮静するのと同時に、主の怒りもまた沈静したようだ。シュプローがまた元通りに頭髪の上に戻ると、グリスベンは手すりを両手で握り締めて前傾姿勢になった。


「おい羽虫、まさか我輩の酒を飲んだのではあるまいな。どうなんじゃ?」


 ザプナスは杯を机にそっと置いて、軽く首を振った。


「まだだよ。何だ、『究極の魔導師』というならケチケチせず、酒の一つや二つ振る舞ってくれてもいいじゃないか」


「口の減らんガキじゃ」


 老人にとっては30代初頭のザプナスも子供扱いだ。グリスベンはせかせかと階段を下りてくると、いまだ緊張が解けない一同の中へ分け入って、机上の杯を引ったくった。事細かに検分し、確かに口をつけられていないことを確認する。


「ふむ! なるほど、どうやら本当そうじゃの。いいか羽虫、次に同じような真似をしたら今度こそその脳天に風穴開けてやるからの。覚悟しておくのじゃな!」


 毒々しい台詞にザプナスは一向感応しなかった。ただ目前で奪い去られた酒杯をうらめしそうに見上げるだけだ。


 デガムがここでようやく狼狽のくびきから脱した。額から鼻筋へ脂汗をしたたらせながら、洞窟の主に平謝りする。


「これはこれは、大変ご無礼をいたして、誠に申し訳ありませぬ。彼に悪気はなかったのです。以後つつしむよう厳しく注意いたしますので、何とぞ平にご容赦を……」


「二度あったら全員皆殺しにしてやるわい。……で?」


 空いている席に座り、杯に口つける。くいと傾けた。


「我輩に話があるというのじゃろう? 聞いてやるから話してみろ。羽虫」


「ああ、ありがとうございます! それでは……」


 もう使われていない席はなかったので、デガムは立ったまま話し始めた。リューゼルやレナ、ザプナスが交代を申し出なかったのは、デガムが拒否することが見え見えだったからだ。リューゼルはいきなり師匠を殺されかけて少し苛立っていたが、そもそもザプナスが悪いので何も言えぬままであった。つまらなさそうに胸毛をかく彼を肘で小突きながら、リューゼルは兵士たち同様、ようやく緊張を解いた。




「ふむ! フラディル黒太孫からレナ姫をかくまってほしい、とな……」


 上機嫌であるのは話の内容がこころよかったからではなく、単に酒が酔ったためだろうとリューゼルは推測した。実際酒瓶の中身を空にしたグリスベンは、ろれつの回らぬ声でぱちぱちと拍手する。


「面白いな。それでこの我輩、『究極の魔導師』グリスベン様を頼ってきたというわけじゃな」


 デガムは卑屈にならない程度に追従した。実際この男にそんな要素は皆無である。


「はい、その通りです」


 老人は豪快に笑い、両足を机に引っ掛けて斜めに椅子を傾けた。そのまま腹を抱えて笑い転げる。やがて体重の均衡が崩れ、彼は無様に引っくり返った。鈍い音がしてグリスベンは後頭部を打ち、一転悶絶する。


「あいたた……。なるほどな、お前らも『面白き客人』じゃ」


 負傷箇所を手でさすりながら、魔導師は立ち上がった。さすがに痛かったらしく、それまでの笑みは引っ込んでいる。


「看板があったじゃろ、洞窟の前に。『当方、面白き客人のみ顔を合わせる。大声で用件を述べられよ』と……」


「いえ、ございませんでしたが」


「ああ、あれは焚き木に使ったんじゃっけ。まあいい、我輩は面白き客人を招くことを楽しみとしておる。まあたまには客室を使うことも一興じゃろう……」


 あごをつまみ、しばし熟考する。やがてにやりと笑った。


「いいか、レナ姫以外の羽虫は我輩の狩りに付き合うのじゃ。ここにはただ飯を食わせてやる余裕はないのじゃからな。それから男どもは大部屋の客室でざこ寝じゃ。これも我慢してもらうぞ」


 デガムが喜色満面で声を弾ませた。


「では……!」


「うむ。しばらくの間お主らをかくまってやる。我輩はこう見えて善人なのでな」


 リューゼルはやれやれとため息をついた。さっきその善人様は、師匠を殺そうとしてなかったっけ? ……まあ、いずれにせよ逗留を許してもらえるのはありがたい。これでフラディル黒太孫が王位に就くまでの月日において、レナやデガムたちの安全は確保されたのだ。何だかんだでグリスベンに感謝するしかないリューゼルだった。


「ちぇっ、酒はなしかい」


 もっとも彼の師匠は、不平たらたらのようであったが……

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