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0011デガムとレナ02

「一体国王陛下は何をお考えなのだろう?」


 疑問を口の中だけで消費しながら、夕刻、デガムはガストン国王の前にひざまずいていた。ガストン国王はウロコ鎧をまとい、赤いマントを羽織っていた。まだ27歳、血気盛んな年頃である。相棒のゲボラ宰相に必勝を誓い、遠くこの地までやって来て、数ヶ月間苦戦を重ねてきた。その疲労があるのかと思いきや、彼は意気けんこうとしている。


「お前がデガムか。なるほど、参謀の言う通り、今回の作戦に最適な体型をしておるな。……列に加われ」


 今回の作戦? デガムは何がなんだか分からなかった。ただ、向かった幕舎の中で貴族たちから好奇の視線を注がれ、それらがややあざけりの様子があることに少し不満を抱く。どうやらとんでもない作戦らしい。それに、周りにはデガムと似たような体型の兵士が多数集まっている。これも不分明だ。ともあれ、彼は国王の指示通りにその輪に加わった。国王と貴族たちが一体どんな作戦を立てたのか、その中の誰も知らないらしく、ただ居心地の悪さに身をすくませていた。


 そしてデガムたちは、今回の戦術を知らされた。それは防御の盲点をつくものだった。




 深夜、デガムは槍ではなく手慣れた鉄の斧を抱き、反乱貴族の城を奇襲した。剣を手にする仲間たちと共に殺到したのは、何とトイレの換気窓だ。これは敵陣の意表を正確に突いた。小柄ながら頑丈な兵士たちは、先陣を切ったデガムに追走し、現れた敵兵を次々に倒していった。返り血で彼らはすぐに朱に染まる。


 デガムは初めて人を殺害した。だがどっちが正しくどっちが悪いか、殺すのと殺されるのとどっちがまともか、それを考えるゆとりはなかった。故郷に帰るためにはただひたすら目の前の兵士を倒し、生き残るしかない。心臓は張り裂けそうに鼓動し、体内の血という血が沸騰しそうだ。それでも彼は構わず闘い続けた。


 デガムの獅子奮迅(ししふんじん)のいくさ働きぶりはすさまじく、彼は仲間を率いて城の中庭に出ると、狂ったように城門まで駆け抜けた。そこが目的地なのだ。ここを守っていた衛兵たちを殺りくすると、素早く落とし格子を上げにかかった。


 上手くことが運ぶと、続けて跳ね橋を下ろす。最後に合図の笛を鳴らすと、準備して待っていた国王軍が一斉に雪崩れ込んできた。濁流のような軍勢は次々に跳ね橋を通過し、城塞内部に殺到する。各地で斬り合いが始まり、新たな死者が冥府の門をくぐったが、それはもうデガムたちとは関係なかった。


 助かった。デガムは生死を共にした仲間たちと共に、体に糞便が付着していることも忘れ、抱き合って喜んだ。


 一刻も経った頃には反乱貴族も降伏し、ここに難攻不落の城塞は陥落した。




「見事な働きぶりだったな、お主ら」


 反乱貴族を捕縛してのち、盛大な戦勝祝賀会が開かれた。戦陣の中でのそっけないものだったが、それでも兵士にまで酒が振る舞われ、彼らは勝利と美酒に酔いしれた。


 論功行賞も行なわれた。今回の突入作戦に際して発案者と実行者が軍功ありとされ、デガムは後者の中でも一位と認められた。それに反対する貴族はいなかった。


 ガストン国王はデガムを、王都の城勤めである近衛隊の隊員に抜擢(ばってき)すると発表し、あまりのことにうろたえるデガムを見て大笑いした。




 それからデガムは出身地の村に戻って、家族と歓喜の抱擁を果たした後、慌ただしく王都へのぼった。近衛隊隊員は国王の身辺を警護する役割で、品格と武道と忠誠に優れた者のみが就ける重要な役職だ。


 デガムはそこで長い歳月を過ごした。暗殺者を捕らえたり返り討ちにしたことも二度や三度ではない。近衛隊の副隊長に昇格したときは、仲間たちがこぞって激賞してくれた。


 結婚もした。妻エイセンとの間にはルウとカテリーナという男女が生まれ、デガムは守るべきものが増えたことに対し、責任から逃げなかった。




 そして今から15年前、聖暦432年のある日のことだった。


「デガムよ、お主に頼みたいことがある」


 ガストン国王の優しい声を発したことと、木枯らしが強かったことを覚えている。縦長の窓には木板がはめられているが、それでも強風を遮断することはできなかった。デガムはやや寒いなと思い、それが自身の肉体の衰えによるものだと思い至って軽く悔しがる。


 聖暦418年にベスレム王子が毒殺されたものの、まだそれ以外の王家構成員は健在で、誰もが明るい未来を疑っていなかった。デガムはひざまずいて命令を待った。国王の命令なら、どんなものでも遂行しようという彼であった。


「実は孫娘が生まれた。名をレナという。お主も知っておろうな」


 もちろん知っていた。アルバ王子とその妻メイムの間に生まれた第二子は、可愛らしい女の子だったのだ。王宮においてその事実は公然の秘密であり、正式発表を前に狂気のような盛り上がりを見せていた。


「そのレナ専門の警護役を、お主に頼みたい。やってくれるな?」


 デガムは恐縮した。赤いじゅうたんに押し付けた拳が震える。


「そのような大役、それがしがうけたまわってもよろしいのでしょうか?」


「断るというのか? 余はお主以外に適任はおらんと思うのだがな」


 これで決まった。デガムは深々とこうべを垂れる。


「つつしんでお受けいたします」


 こうしてデガムは、まだ泣くこと以外何もできない赤子の守護者となったのである。




 それからの日々は楽しかった。帰宅が困難になったことには一点の気まずさがあったものの、日々成長していくレナのおもりはそれを吹き飛ばすぐらい、充実したやりがいをもたらしてくれた。まるで新しい我が子のように、デガムは彼女に接した。ときには背中にレナを乗せ、四つん這いで馬の真似事をしたこともある。ガストン国王がデガムに孫を取られたと苦笑するほど、デガムはレナを愛し、レナもまた彼になついた。


 やがてガストン国王は、家族を次々に失うという悲劇に見舞われていく。『呪われた王家』と呼ばれるようになった頃も、デガムはレナだけは絶対に守ると誓い、四六時中彼女のそばを離れなかった。




「ねえデガム、あなたは私の味方でいてくれるよね?」


 レナがそう尋ねてきたことがある。不安を瞳に湧き立たせ、震え声であったのは、ガストン国王の三男ダルサ――レナの叔父に当たる――が唐突な事故死に遭ったためだろう。身辺に迫る危険に、彼女の感受性はいち早く反応していたのだ。


 デガムはレナの前にひざまずき、うやうやしく頭を下げる。こんなとき、彼の忠誠心は宝石のように光り輝いた。心からの台詞を吐く。


「もちろんでございます。このデガム、残る生涯をレナ姫のために費やそうとも後悔はいたしませぬぞ」


「だからデガムって好き! だーい好き!」


 レナが安堵した声音で抱きついてきたとき、デガムは彼女の温もりを何ぴとにも奪われぬよう守り切る覚悟を固めた。




 だが1年前、聖暦446年のことだった。デガムはフラディル黒太孫の命令により、ギータ伯爵領への出向を命じられたのだ。事実上の左遷だった。


「断じて容認できませぬぞ、フラディル様」


「もう決めたことだ。我が祖父ガストン国王からも、ゲボラ宰相からも了承は取ってある」


 王宮の一室で、フラディルは冷たく言い放った。彼が『豚大臣』ことベルシュの意向でそう決めたことは疑いない。ガストン国王も老いた。今や数少なくなった血縁者のわがままを、無批判に受け入れるとは。


 あるいは自分はもう用済みなのだろうか。そんなことも考えるデガムである。


「左様ですか。では、何ゆえそのような判断をなされたのかだけ、うかがえますか?」


 第二王位継承権者のレナをいびるつもりなのは明白だった。弟ゴボグが行方不明となり、レナの精神的支柱はあげてデガムにかかっている。それを離れ離れにさせようというのは、理不尽な嫌がらせに過ぎない。デガムとしては、フラディルがどんな言い訳をするのか興味があった。


「ギータ伯爵は頼りない。お主がお守りするのだ。適任だと思ったのだが、反抗するのか?」


 デガムは内心ため息をついた。嘘をつくならもっとましなものをつけ、と悪態をつきたくもなる。それをせいぜい我慢して、彼は承知した。


「分かりました。拝命いたします」


「言い忘れていたが」


 フラディルはついでのことのようにそっけなく言った。


「レナには会わずに立ち去れ。情を残されても困るのでな」


 今度こそ爆発しそうになったデガムだったが、彼の忠誠の対象にはこのフラディルも含まれている。溶岩のような息を吐き出し、デガムはこくりとうなずいた――

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