ヘタレ殿下の純真。政略結婚はダメですか?
人生初の男主人公で書いてみました。
なにせ初なもので、おかしな部分があったらご指摘いただけると幸いです。
「殿下は、好きな人いますか?」
婚約者であるシャーロットの一言で、俺は固まってしまった。
彼女は親同士が決めた婚約者だ。
ハチミツブロンドのふわふわした髪に、やや緑がかったブルーの瞳。
今日着ているAラインの薄ピンクのドレスが、よく似合っている。
誰にでも優しく、ニコニコと笑い、俺にとっては大輪の花のようなシャーロット。
親が決めた婚約者とはいえ、いい仕事をしてくれたと思うほど、彼女に惚れていた。
しかし立場上、そしてそうなるように育てられてきたためと言い訳しつつ、基本的には感情が表情に出ないようになっている。
仲のいい側近に言わせれば、仏頂面が怖いからどうにかしろとよく言われている。
だが、どうにかというのは、どうするのかイマイチ分からない。
しかしそのせいで、今に至るのか。彼女との定期的なお茶会での爆弾発言だ。
どう返答していいか決めかねていると、きょとんとした顔でシャーロットは小首をかしげる。
そんな姿すら、愛らしい。
「聞いてます? 殿下」
「ああ、急にどうしたのだ。そんなことを聞くなんて」
もしかして、他に好きな人が出来たのだろうか。
婚約を破棄したいと言い出したら、俺はこの先どうすればいいんだ。
そんな思いばかりで、動悸が早くなる。
「んー。なんとなくです」
「君という婚約者がいるのに、誰を好きになるというのだ」
「それも、そうですね」
シャーロットの笑った顔が、なぜか物悲しく見えた。
やはり、この返答では不正解のようだ。
しかしこれ以上かける言葉は、今の俺のキャパシティには存在しない。
ただ無難な会話と、上辺だけの様ななんとも言えない時間がゆっくりと過ぎていった。
お茶会を終えて執務室へ戻っても、先ほどの会話がどうしても気になり、仕事が手につかない。
頭では、あの時もう少し気の利いたことは言えなかったのかと、そればかりが反芻している。
「ああー」
「うざいですよ、殿下。さっきから、何なんです。さっさと仕事をして下さい」
部屋に側近であるライザがいたことなど、すっかり頭になく、声を上げていたようだ。
ライザはまたかというように、うんざりとした顔をしている。
「そうやって、シャーロット様とのお茶会の後にうじうじするの、いい加減やめてもらえませんか? 仕事進まないんですよね」
俺は頬杖を付きながら、イライラしているライザを観察する。
ライザは俺にこそ口が悪いものの、侍女や令嬢たちには絶大な人気がある。
優しい口ぶりもそうだが、常に人に親身になって話を聞き、面倒見が良い。
そして俺よりも少し高い身長に、青い髪、目鼻立ちも良く、これなら確かに惚れるだろうなと思う。
それに比べ、俺は黒い髪にやや青みが買った黒い瞳。
顔はそんなに悪くはないとは思うのだが、表情は乏しく、口数も多くない。
俺がシャーロットだったら、間違いなくライザを選ぶだろう。そう考えて、少し悲しくなってきた。
「まーた、どうせくだらないことを考えてますよね」
「くだらなくなど、ない」
そう俺にとってこれはとても切実な問題だ。
「思っていることは、言わないと誰も何も分からないと何度言えばわかりますか? で、今度はシャーロット様に何を言われて凹んでるっていうんですか」
仕事が全く進まないことにイライラしたのか、ライザは今日の出来事を俺から聞き出す。
「好きな人はいますかと聞かれて、シャーロットが好きですと言えず、嫌われて捨てられてしまったらどうしようかと悩んでいると」
「そんな簡単にまとめるな。俺はこう見えても繊細なんだぞ。捨てられるとまでは言ってないだろう」
「言ってなくても、同じことです。ヘタレですか、貴方は」
ライザが盛大な溜息をつく。ヘタレ、ヘタレって……。
「おい、ヘタレって、いくらなんでもお前の主人にいう台詞じゃないだろう」
「じゃあ、お言葉ですが、何なんですか? 意気地ない? ケツの穴が小さい? どれも同じ意味だと理解してますけど」
「誰がヘタレの意味を言えと言った」
「だって、そうでしょう殿下。どうして親同士が決めた婚約者とはいえ、好きなら好きと一言言ってあげないんすか。きっとその言葉を、シャーロット様は殿下の口から聞きたかったのだと思いますよ」
「いや、でもしかし……」
「言い訳は僕にされても仕方ありませんからね。言わないのは殿下の勝手ですが、このままだとどうなっても知りませんよ」
「おい、どうなってもって、どういうことだ」
「だから、どうなってもです。どんな風になってもってことですよ。それより、聞いてあげたんですから仕事して下さい」
「いや、だからどんな風にって」
「知りません、仕事して下さい」
余計に混乱させておいて、この仕打ちとは。
いつかこいつも、同じ目に遭いますようにと心の中で祈りを込めた。
数日後、人の不幸を願ったその罰が、最悪の形で当たることになる。
王妃である母より、シャーロットのことで呼び出しを受けた。
まるで叱られる子どものように、部屋を訪ねる前から、すでに俺は泣きそうだ。
泣きそうな気でいっぱいだというのに、それでも鏡に映る自分の顔は相変わらずの仏頂面のまま。
「参りました、母上」
部屋に入ると、お茶を飲んでいた母はティーカップを置き、扇子を広げた。明らかに、いや、かなり、だいぶ怒っているオーラが口元を隠していても目から伝わってくる。
「先触れでも伝えてあると思いますが、この度の呼び出しは、シャーロット嬢についてです」
「はい、お聞きしております。シャーロットに何かございましたでしょうか」
「何か? あなた、本当に理由を知らないの」
母の眉間のシワが更に深くなる。
「……」
「あなたは婚約者としては失格だとわたくしは思います」
「どういうことですか、母上」
「昨日、シャーロット嬢より、自信がないため、王妃教育をしばらく休ませていただきたいと申し出がありました。これがどういう意味なのか、分かりますね」
「!」
言葉にならなかった。ただ母の言葉だけが、頭の中を何度も駆け巡る。
あの時、どうして俺はちゃんと自分の気持ちを言わなかったのだろう。
婚約者と言う立場に甘えて、どれだけシャーロットを傷つけてしまったのか。
今更後悔しても遅いというのに。
「どうするのですか」
「……シャーロットの元へ行ってきます。行って、今度こそちゃんと思いを告げます」
「そんなこと、もう今更かもしれませんよ」
「そうだとしても、伝えたいんです。母上、失礼します」
「……はぁ、少しはヘタレが治ればいいんだけど」
母の呟きなど聞こえる訳もなく、部屋を後にする。小走りに、厩舎へと向かう。
すれ違う者たちが、何事かという顔をしながらも避けていく。
説明している暇はない。俺にとっては、何よりの一大事なのだ。
周りなど、申し訳ないが構ってはいられない。
愛馬に跨り、急ぎ走らせないと。風を切る音が聞こえるほど、どこまでも早くだ。
今日のこのくらいの時間ならば、シャーロットは貴族の通う学園にいるはずだ。
いきなり押しかければ、きっと驚くだろう。
しかし、行かずにこのまま最悪の結果を待つよりはいいはずだ。
「殿下、まさか手ぶらで行くおつもりですかー?」
やる気のないようなライザの声が、上から降ってくる。
見上げると、執務室の窓からライザが顔を覗かせていた。
王妃からか、話を聞いていたらしい。
「これ、貸しにしておきますから、帰ったらすぐに二割増しで働いて下さいね」
そう言って小さな箱を放り投げる。
中には小さなお花のモチーフ髪飾りが入っていた。
「うぐ、これは」
「ちゃんとご自分で渡してください」
ずいぶん前に、それこそ婚約したばかりの頃、笑うと花が咲くように見える彼女の為に、初めて市外へ出た時に買ったものだ。
子どもが買える値段のもので、きっと今のシャーロットにしてみれば、おもちゃのようなものかもしれない。
でも、自分で選んで、そして彼女に似合うと思って買ったものなのだ。
もちろん、恥ずかしくて渡せないまま、ずっと奥にしまい込んでいたもの。
思えばそう、ずっと彼女を好きで、それを彼女に言えなかった証だ。
今度こそ、しっかり握りしめ、前を向く。
「分かってる。すぐ戻る」
何かにこんなにも直向きになったことは、今まであっただろうか。
いつも大概のことはそつなくこなし、決められた道にただ沿って生きてきた。
苦痛に思うこともなくはなかったが、ここに生まれた以上は仕方がないと、諦めていた。
でも、シャーロットのことだけは違う。
学園の前で馬を預けると、その足でシャーロットを探す。
「まぁ、こんなところまで、どうされたのですか殿下」
数名の他生徒といたシャーロットが駆け寄ってくる。
さすがに急に王族が訪れたとあって、何が起きたのかと人が集まってきた。
「ここではあれですので、どこか部屋に」
シャーロットが少し困ったような顔で、俺を見つめる。
この中にシャーロットの想い人がいるのだろうか。
だからここまで来たことを、非難したいのかもしれない。
しかし見渡しても、その相手が誰かまでは分からない。
「いや、ここでいい」
「王妃から聞いた。自信がないため、王妃教育をしばらく休ませていただきたいと言ったと」
「……んー」
シャーロットのは視線を外し、遠くを見つめる。
おそらく、それが本心なのだろう。しかし、このまま彼女を手放すわけにはいかない。
「この前、言われたことをずっと考えていた。俺は、シャーロット、君が好きだ。君にとって俺はただの政略結婚の相手なのかもしれない。しかし、俺はずっと前から君のことを、誰よりも一番大切に思ってる」
言いながら、シャーロットに髪飾りを渡す。箱を開けたシャーロットは、うれしそうにほほ笑んだ。周りからはキャーキャー言う声や、拍手が聞こえるが、今はそこを見る余裕はない。
「殿下、一つ言ってもいいですか?」
「ああ、直して欲しいとこがあるというなら、なんでも聞こう」
「私は学園の卒業検定に合格する自信がないため、王妃教育をしばらく休ませていただきたいと王妃様にお願いしたんですよ。すっかり、理由の部分が抜けてしまっていますね」
「え、は?」
学園の卒業検定に合格する自信がないため? 母の言っていた言葉をもう一度思い返す。しかし、確かにその部分は抜け落ちている。つまりはだ、騙されたということか。ポカンと口を開け、固まる。誰がこんなことを。
『このままだと、どうなっても知りませんからね』
ライザの言葉が浮かぶ。あいつか。あいつが母上に口利きをしたに違いない。
元々、母上は仏頂面の俺よりもシャーロットを自分の娘のように可愛がっていた。おそらくライザの話を聞いた母上が、今回のことを計画したに違いない。
「でも、うれしかったです殿下。この髪飾りもいつもらえるのか、ずっと楽しみにしていたのですよ」
「な、知っていたのか」
「いつもお茶会の時に持ってお見えになって、渡そうかソワソワしていらっしゃいましたもの。気づかないはずがないですわ。私は誰よりも殿下の側にいて、誰よりも殿下を見てきたのです。殿下が私を好きなことも、ちゃんと知ってますよ」
「でも、この前、好きな人はいるかと……」
「殿下が私の名前をいつ言ってくれるのかなと、聞いてみただけです」
そう言って、うれしそうに俺の腕を掴むシャーロットが天使なのか小悪魔なのか。ただどちらにしても、俺の婚約者に変わりない。
外野がどれだけうるさくても、今とても満ち足りた気分だ。それでも俺の顔は、仏頂面のままだろう。だが、シャーロットにさえ伝わってれば別にどうだっていい。それだけは自信もって言える。
「なまえを呼んでもらえると……、その……だな」
「えー、何か言いました? 殿下。もう、みんなの声が大きくて、聞き取りずらくて」
「いや、なんでもない」
「……もぅ、ホントに意気地なし……」
「何か言ったか? 大騒ぎだな。行くぞ、シャーロット」
シャーロットの手を引き、人だかりをかき分ける。その手はとても温かい。
「リアム殿下、もう少しゆっくり歩いて下さい。あれ、殿下顔が……きゃ」
顔を見られるのが恥ずかしく、シャーロットを抱き上げる。しばらくはシャーロットの顔を見れそうになかった。
馬に乗せ、遠回りして帰る。ライザへの、細やかな嫌がらせだ。
空き時間にサクサク読める短編を書いています。通勤時間やちょっとした合間に読んでいただければ幸いです。また、ぽちっと★をいただけると興奮して寝れないくらい幸せだったりします。
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新作追加しました。よろしければ、読んでいただけると幸いです。




