そして付き合い始めるが
「~♪~っ」
次の日の朝、俺はいつも通りに台所に立ち、自分と陽の朝食とお弁当を用意していた。
いつもなら布団に入ればすぐに熟睡出来るのに、昨晩はやはりなかなか寝付けなかった。
おかげで少し寝不足だけど、気分は物凄く良くて鼻歌など歌ってしまっている。
「お兄ちゃん!」
2階から階段を駆け下りてきた妹の陽が勢いよくドアを開けた。
そこには学校で魅せているような面影は一切ない。
少し茶に色づいた髪は寝癖が付き、着ているパジャマは少しはだけて、下着が露になっている。
とても赤の他人に見せられる姿ではない。
「おはよう、陽」
「おにぃーちゃん、なんで起きるまで起こしてくれないの!」
「起こしたんだけどな。夜更かししているから起きられないんだぞ」
普段はもっと強く注意するところだが、今日はこのくらいでいいかと妥協する。
「むぅ……」
不貞腐れたように口を尖らせ、洗面所に行こうとした陽だが、踵を返しこちらにやってきて大好きな卵焼きを摘まみ食いする。
「はやく着替えてこい」
「お兄ちゃんもこの卵焼きもいつもよりなんか少し甘い。でも美味しい」
「す、少し甘いくらいがちょうどいいんだよ」
「……なんか今日のお兄ちゃんやけにニヤついてるね。気持ち悪い」
「お前なあ……涎ついてるぞ」
「っ?!」
ごしごしパジャマの袖で拭い、走って洗面所へと向かう。
「急げよ」
ここからいつも通り、あのハンカチがないとか、スマホが行方不明とか言いだし、挙句には髪型をセットするのに20分を要すわが妹。
こんなやり取りをして、用意した朝食を2人で食べて家を出る。
今朝は若干俺がいつも通りではないが、陽の方は毎日こんな感じだ。
☆☆☆
俺たちは学校までの道のりを少し早歩きしながら向かっている。
ツーサイドアップにした茶髪が風になびき、後ろを歩いている俺の鼻に香りを残す。
改めてみると兄貴の俺が見ても、モテそうな外見をしている。
あんな場面を目撃したからこそ強く思うのかもしれない。
「もうだらしないな、お兄ちゃんは……もっと早く歩いてよ。遅刻しちゃう」
「このペースなら大丈夫だって。だいたい誰のせいで急がないとならなくなっていると」
少し息を切らしながら会話を成立させるので精いっぱいだ。
「そろそろね」
なんだか名残惜しそうな目で俺を見る。
駅前を通り越したので、周りにはちらほらと同じ高校の制服が目に入る。
妹はいつも学校が近づくと、なぜか俺との接し方を変えていて、そのスイッチを入れるのが今ってことだ。
「おはよう、陽ちゃーん、あああああああああきくぅんんんっ?!」
特に待ち合わせをしていたわけじゃないけど、いつも夏希とはこの辺りで合流する。
妹は手を上げていつも通りあいさつした。
「夏希、おはよう」
「おおおおおおおはよう、ななななっちゃんんんっ!!」
しかし俺の方はいつも通りとはいかなかった。
「なんか夏希も変……なんかあったの?」
俺たち二人を値踏みしているかのように妹はじろじろ見る。
「なにも」
「ななんにも、ない……よ」
「ふ~ん。じゃあ、行くわよ」
細目を向け、どこか怪しいと思いながらも陽は先頭を歩いていく。
「……」
「……」
3人で歩き出したはいいが、普段とは明らかに空気が違った。
それは夏希の方も同じようで、お互い視線を合わせようとしても、すぐに逸らしてしまい何を話していいかもわからなくなっていた。
「……黙っちゃってなに? お見合いしたけど、話題がなくて懸命に考えてる2人みたいだわ」
「っ?!」
「……っ?!」
陽の鋭すぎる突っ込みで、俺と夏希は同じようにたじろいでしまい、口をパクパクさせていた。
やばい、落ち着かない!
夏希が彼女だって意識すると、話さえ出来なくって変になる。
★☆☆
夏希とはクラスメイトでもある。教室に入り友達に朝の挨拶をしながら、それぞれの席へつく。
すぐに俺は夏希が座る斜め前の席の方を見やる。
向こうもこっちを見ていて、ここでも視線はぶつかるもさっとお互いに背けてしまう。
教室という小さな空間で、俺は登校時よりもさらに夏希のことを意識してしまっていた。
「っ……」
「……っ」
互いに気に掛けてはいる、気になっているからこそ……
でも、目が合うと恥ずかしさに耐えられなくてそらしてしまう。
「ねえ、なつと喧嘩でもしてるの?」
どうやらあまりにもいつもと違う雰囲気を醸し出していたらしい。
俺と夏希の間に挟まれて居たクラスメイトの女子が小首を傾げながら、俺たちを交互に見る。
その声に反応したのは1人や2人のクラスメイトではなかった。
「夫婦喧嘩は犬も食わないって言うよ。猫だっけ?」
「喧嘩するほど仲がいいってことだよな」
教室の空気は明るくなり、俺と夏希の友達がどうしたのと傍に寄って来てくれるが……
そ、それが俺の緊張と意識をさらにさらに助長する。
おそらく夏希の方も同じことが言える。
「喧嘩はしてない……」
「そ、そうそうしてない……よ」
お互いにそこを否定するのが精いっぱい。
クラスメイトはそれを聞いて、不審な目をさらに向ける。
向けられた俺たち2人は共に昨日と同じくらいに顔を赤く赤く焦がしてしまった。
★★☆
授業の内容など全く頭に入ってこない。
そんな午前中の授業の4コマが過ぎると同時に俺は勢いよく立ち上がる。
このままだとダメだ。
クラスメイトの目が何だよ。
いつもお昼くらい一緒に食べてたじゃないか……
幸い夏希は涙目になりながらもこっちをチラチラ気にしてくれている。
「なっちゃん、お昼一緒に食べよう」
「う、うん……」
途端に教室から悲鳴のような叫びがあちこちで起こった。
「いいなぁ、ラブラブで」
「羨ましいぜ」
クラスメイトからのその声は妬みというより、祝福している感じだった。だけどいまそこを気にしてはいられない。
それよりも俺は上手く誘えたことに安堵していた。
――
キーンコーン、カンコーン?!
「っ?!……」
「……っ?!」
お昼終了を告げるチャイム。
俺たちは3階の視聴覚室でお弁当を開いていた。
ここなら誰も来ないと思い、実際誰も来なかった……
だが目の前には一切手を付けられなかったお弁当。
それどころか、一言も喋ることさえ出来なかった……
2人で視聴覚室を後にし、夏希は
「あ、あき君……先に戻っていて」
ごめんなさいと言っているような涙目で彼女は俺から遠ざかっていく。
わかってる。俺も夏希も意識しすぎなくらいお互いを意識してしまっていた。
自分の不甲斐なさに打ちのめされながら、肩を落として階段を下りていく。
どうしたらいいんだろうか?
このままでは俺に愛想を尽かせてしまうんじゃないか。
「朝からなにやってるの、あんた?」
振り返ると、陽が口を尖らせ睨みつけるような目でそこに居た。
たぶん俺の哀愁漂う後ろ姿を見て、我慢できずに声を掛けてくれたんだと思う。
俺と夏希、2人のことを知り尽くしている存在。
「……あっ!」
そうだ、妹がいた!
俺は階段を上って、目を見開いている陽の肩を勢いよく掴んた。
ちょっと掴みすぎて壁に押し付ける状態になってしまっているが、気にしてられない。
「ななな、なにするのよ、急に?!」
なぜだか陽は夏希のように俺の視線から逃れ、夏希のようになぜか顔を朱に染めているが、気にしてる場合じゃない。
「陽、帰ったら大事な話があるんだ」
「ええぇ?!」




