それを愛だと言えたなら、私はどんなに幸せでしょう。
数週間前、寝ている間に私は足の腱を切られ誘拐された。そのあとずっとこの箱に閉じ込められている。
通報はされないだろう、今ここに携帯が降ってきて手が届いたとして私はきっと警察には電話をかけない。
否、かけられないのだ。
数週間もすればベッドの上での生活にも慣れた。トイレとお風呂の時にお手伝いさんの手を借りなければいけないのにも、もうすぐ慣れてしまうのだろう。ゆっくり流れる不確かな時間の中で私は動かなくなった足を見つめながら愛を問うている。この部屋を埋める、彼の愛を問うている。
幼馴染だった。恋人という関係に発展したのは1年半ほど前だろうか。言い出したのは私だった。ずっと好きだった、その時の感情は確かに愛だった。それから、この足が動かなくなるまでの間に彼から感じたものも愛だった。
それは確かに言い切れる。あれは甘ったるい味の愛だった。
「苦い」
ビターチョコよりも苦い。酷い味の愛を無理やり口にねじ込まれるような感覚がして、頭が痛くなる。痛くて仕方ない。仕事を辞めてほしいという彼の願望を、彼の力になりたい、支え合いたいという気持ちで拒否した故に、彼はこのような行動を取ったのだ。これは彼の愛が原動力になっている行動だ。この足はこの心は、まだ彼の愛を受け止められていないだけだ。
「お菓子でも食べたの?」
「ううん……おかえり」
「ただいま」
私の頬に触れるその手は優しい。視界の片隅の紙袋は、私へのプレゼントだろう。昨日は服だった。今日は本だろうか、ずいぶん大量に買い込んだようで袋に書かれた本屋さんの店名がピンと張りつめている。
「愛している」
あぁ、今日も始まった。彼は仕事から帰ってくると私の足を撫でながらそう言う。それは彼の一日を癒すための作業で、彼が安心するための行動だ。
「愛している」
本当に、愛だろうか。これが、こんなに苦い味がするものが愛だっただろうか。もう思い出せなくなってしまった。つい、最近まで味わっていたあの味がぼやけている。私の視界のようにきっともっとぼやけてしまう。
「愛している」
返せない。彼の不安を煽るとしても、たとえもっと酷い仕打ちを受けて哀れな姿になったとしても。
あぁ、そうか。私は彼が私の腱を切ったことを酷い仕打ちだと思っている。
「なんで、答えてくれない」
「質問じゃ、ないかと思って」
「質問だよ。僕を愛していると言ってほしい」
言えない。嘘になってしまいそうだ。今まで心の底から思っていた、その愛が嘘になって消えてしまいそうだ。
「言えない、恥ずかしいから」
「……今日も?」
「うん、ごめんね」
ごめんね。
「……まぁいいや。今日はなにも変わったことはなかった?」
「うん、なかったよ」
骨が鳴りそうなくらいに手を握ってそう問うのはいつものことだ。彼は私に今でもなお、疑いの目を向ける。彼を支える柱は私だけなのだ。私がなくなっては、彼が生きていけないから彼は私が欲しいのだ。
それは、愛なのだろうか。
「……」
彼は自分の話をしなくなった。少し前のように一緒に行きたい場所の話もしなくなった。どこにも行きたくないというのが、彼の今の答えのようだった。私も、こんな体じゃどこへも行けなかった。
腱を切られ一度彼が部屋を去った時、私はどうしようもなく彼のそばにいたかった。動かない足の代わりに泣きながら手を伸ばした。苦しくて痛くて、それでも助けてと言いたかったわけではないのだ。
あの時に私の彼に渡す愛は流れてしまったのかもしれない。
隣を歩きたかった。あなたの隣を歩きたかった。ずっと、ずっと先まで。たとえどちらかが先に墓に入ろうとも、その時は手を合わせにいきたかったのだ。
「ご飯を持ってくるよ」
今も、その背中を追いかけて問いたい。これは愛なのか、私は本当に愛されているのかと。
愛とはこんなものなのかと、怒鳴って喚いて、心から愛していると言ってしまいたい。
好きだった。愛していた。愛していたのに。
今日も私は彼のくれたこの愛を、愛だと言い切れないまま1日を終える。きっといつか、彼に捨てられてしまうその日まで、彼の重みになりながら彼の隣に手を伸ばして泣くのだ。
愛情は重い派ですか?
TwitterにUPしたお気に入りの短編を持ってきました。めっちゃ好きです。
まだ君が僕を呼んでいる、という現代恋愛に少しだけファンタジーを足したようなお話を書いています。もしよければ。
https://ncode.syosetu.com/n1702ew/




