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7 まりあちゃん攻略法

……芸人並みに面白い男?


 その日、僕は家に帰ると、20帖の狭い自室に閉じこもり、電気もつけずに延々とその言葉を繰り返していた。それは、小原祥子に教えられた阿部まりあ好みの男の条件である。

 しかし、その言葉を繰り返せば繰り返すほど、絶望的な気分になってくる。


 無理だ…! 「面白い」は、僕から一番かけ離れたキャラクターだ!


「そうかしら?」


 突然、もはや聞きなれた…そして、一番聞きたくない言葉が、エコーつきで部屋の中に響き渡る。そして、ボクが手元のリモコンのスイッチを入れるより先に、部屋の電気が付き、なぜか立ち込めているドライアイスの向こう側に、小原祥子が出現した。その様は、まるで魔の山の悪魔さながらだったが、そんななりふりなど構わず、小原祥子は言葉を続けた。


「あたし的に言わせてもらえば、あんた程滑稽な奴って見た事ないけど?」

「滑稽とはなんだ? 滑稽とは? っていうか、どっから侵入した? カギはかけておいたはずだぞ? 更に言わせてもらうなら、人の心読むな!」

「別に侵入したわけじゃないわ。夕食後の散歩をしてたら道に迷って、気がついたらここについてたのよ。一体、どういう造りをしてんの? あんたんちって」


 そう言って、小原祥子は頭の上についた蜘蛛の巣を邪魔くさそうに払い落とした。


「ああ」


 それで僕は納得した。

 僕の部屋は、地下ラビリンスのゴールになってるからな…。しかし、よく、あのラビリンスを攻略できたもんだな。数々のトラップと、ラスボスの手強さのせいで、年間十数名の行方不明者が出てると言うのに。まあ、この女なら、なんでも可能な気もするけどな! てことは、さっきのエコーはラビリンスに反響する音で、ドライアイスはラビリンスの特種効果で使ってるやつか。色んな意味で納得がいく。しかし、僕の心を読んだわけは?


「それは、あんたが考えてる事を全部口に出してるからよ」


 小原祥子が答える。それで、思わず僕は自分の口を押さえた。…まさか、僕に、そんな弱点があったなんて…!


「それにしても、あんたの落ち込み方を見てたら、さすがに気の毒に思えて来たわ。おーっほっほっほ」

「本当かなあ?」


 僕は懐疑的であった。


「本当に、本当よ。だから、あんまり気の毒だから協力してあげる」

「は?」

「協力してあげるって言ってんのよ」

「前も聞いたぞ、そのセリフ」

「だから、もっと協力してあげるって言ってるのよ。あんたが、無事、まりあ好みの男になれるように…」

「本当?」


 僕は顔を輝かせた。


「いや、助かるよ。君ならきっと、努力せずして芸人並みに面白い男のエッセンスをよく修得してると思うんだ」

「どういう意味よ?」

「いや、そういう意味さ。つまり、僕みたいにまともな人間にはとても無理だけど、君なら…!」


 そう言って、僕は小原祥子の両腕をぐっと握りしめた。精一杯の感謝の気持ちを込めたつもりっだった。しかし、小原祥子は、その腕を振り払うと、


「笑いをなめるんじゃなくってよ!」


 と、世にも恐ろしい顔で言った。



 次の日から、早速、僕の芸人のように面白い男化計画(小原祥子プロデュース)が実行された。


 小原祥子の提案で、まずはヒロシという芸人の自虐ネタを真似をする事になった。自虐ネタには事欠かない自信があるが、面白さに自信のない僕は、とりあえず親友の勇相手にネタを披露する事にしてみた。


「蘭丸です。部屋が狭くてかなわないとです。20帖しかないとです」


 すると、勇が顔をしかめてこうコメントした。


「何? それ、イヤミ?」


 どうも、うけなかったようだ。何が悪かったんだろう?



 気を取り直して、今度は僕は、休み時間にいつも僕の周りに集まってくる女生徒を相手にやってみた。


「蘭丸です。通学専用車が中古のロールスロイスとです」


「素敵!」

「いつか乗せて下さい!」


 女生徒達が潤んだ目で答えた。手ごたえは悪くないが、うけたわけではないようだ。


 それで、僕はもう一度、朝礼の時間を借りてトライしてみた。今度はレギュラーというコンビの真似であった。ちなみに、今度のネタは小原祥子が考えたものである。


 「あるある探検隊! あるある探検隊!


  キノコ御飯にトリュフ入り!


  あるある探検隊!」


 すると、全校生徒から突っ込みが入った。


「ねーよ!」


 ついでに、卵やトマトが飛んで来た。


   嗚呼…僕は絶望的な気分になる。


 やはり、僕には、笑いの才能は全くないようだ…。


  

「絶望的な気分だ」

 夕食後、50畳のリビングで、不二子・M・ヘミングウェイの生演奏を聞きながら、僕はため息をついた。

「なんで、全然うけなかったんだろう?」

 昼間、学校でやったギャグの事だ。

「原因は1つよ」

 テーブルを挟み50メートル程離れたソファにもたれ、小原祥子がホームズよろしく答える。

「つまり、あんたの、その、ジャニーズのタレントみたいな顔でギャグをやられても笑えないって事よ」

「ジャニーズ?」

 確かに、よく「ジャニーズに入ったら?」と女の子達に言われるけど……。

「そういうもんかな?」

 首をかしげる。

「間違いない! わ」

 小原祥子が断言した。なんだか怪しいが、信頼するよりない。僕は、あんまりテレビを見ないから、そういう事はよく分からないんだ……。

「つまり、あんたのそのビジュアルを、面白くすれば、どっかんうける事間違いなしよ!」

「ビジュアルを? ロシア人の血をひく、おばあさま譲りのこの顔と、さらさらの髪に手を入れるって事? なんか嫌だな…」

 僕の言葉に小原祥子が顔をしかめた。断っておくが、決して僕がはナルシストなわけじゃない。ただ、おばあさまに似た自分の顔に手を加えるのは、死者への冒涜みたいな気がして嫌なだけだ。でも、そんな僕の迷いは、小原祥子の世にも恐ろしい眼光に敢え無く屈する事になった。

「あんた、まりあと両思いになりたいんじゃなくって?」

 その言葉には、どうしたって弱い。僕は小原祥子に念を押した。

「きっと、それで、まりあちゃんと両思いになれるんだろうな?」

「間違いない! わ。なんたって、まりあはベタなギャグが大好きだし。そうよ、だから、一発ギャグで笑わせれば、イチコロに違いないわ!」

「ベタ? 一発ギャグ?」

 何の事だろう? 意味が分からない。専門用語だろうか?

 とにかく、僕はすべてを小原祥子にまかせる事にした。


 次の日、早速僕は小原祥子の指示に従い『おもしろいビジュアル』に挑戦した。……といっても、たいした事はない。神父の格好をして、ボタンを1つずつかけ違え、首から数珠をかけ、片手にタウンページを持ち、ちんばの靴下をはいただけだ。小原祥子は、他にも、オバQと、落ち武者というプランを立てていたが、僕は断固としてそれらを拒否した。

 そして、僕は、ボタンをかけ違えた神父の格好をして、いつもように、いつもの電車に乗る。いつもの車両の、いつものあの席。まりあちゃんの向かい側。しかし、電車に乗ってまず初めに視界に入ったのは、親友である勇の呆れた顔だった。神父の僕は、早速勇に向かい、小原祥子に教えられた『とっておきのセリフ』を言ってみた。つまり、勇にタウンページを見せ、


「聖書、忘れちゃったノ」


 勇は固まっている。


 おかしい、これで、どっかん受けると小原祥子は言っていたのに。よく聞こえなかったのか? よし、もう一度トライだ。


 僕は、勇にタウンページを見せ、


「聖書、忘れちゃったノ」


 …勇は固まったままだ!…


 何故だ? どっかん受けるんじゃないのか? 不安になった僕は勇に尋ねてみた。


「面白くない? この格好」

 すると、勇は僕を凝視したままこう答えた。

「面白いっていうより…」

「いうより、なんだ?」

「神父のコスプレした、ちょっぴりだらしない、ノイローゼの人に見える」

「何だって?」

 僕は、叫んだ。

 …しまった、これが「すべった」というやつか?


 心の中で臍を噛む。ちくしょう、小原祥子め。やっぱり、騙したな! どうしてくれよう? ファックユー!!


 呪いの言葉を吐きかけたその時だ……。


「きゃはははははは」


 背後から、鈴を振るような可愛い笑い声が聞こえた。…あの声は……。信じられない思いで後ろを向く。すると、確かに……確かに彼女が、まりあちゃんが笑っている!


「もういや、我慢できない! なんで、タウンページなの?」


 成功だ! 僕は心の中でガッツポーズを取りながら、まりあちゃんに向かってこう答えた。


「聖書、忘れちゃったノ」


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