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6 まりあと祥子の関係は?

 しかし、まりあちゃんは、ボクがもっとも聞きたくないあいつの名前を出したきり黙ってしまった。しばらくの沈黙が流れる。……。

「小原…さんが、どうしたの?」

 とうとう、沈黙に耐えられなくなり、ボクが尋ねると、まりあちゃんは困ったように首を傾げた。何を、どこから、どういう順番で話そうか、迷ってるみたいだった。彼女は、瑠璃色の大きな目を、右に、左にクルクルと泳がせた。それほど、戸惑うような何を聞こうというのか? 緊張のあまり、ボクの心拍数も上がってくる。

「あのね…」

 まりあちゃんが、口を開いた。やっと、決心がついたらしい。

「うん」

 ボクは、ごくりとつばを飲んだ。…その時、


 ばき!


 後ろから、何かが破壊されるような衝撃音が聞こえた。


「何だ?」


 思わず、声に出し振り返る。そこには、あちこち錆びて、変色した、古い物置きがあった。この中で何か壊れたのだろうか? しかし、今はそれどころではない。

「で、小原さんがどうしたの?」

 ボクは、無理矢理に話を軌道修正させた。しかし、まりあちゃんは、今の物音で話す気を削がれてしまったらしい。

「うん、やっぱり、いい…」

 と首を振ると、くるっと後ろを向いて走り出した。

「あ、まりあちゃん!」

 ボクは、慌てて片手を差し出し叫んだ。

「そっちは、逆だよ、行き止まりだよ!」

 すると、まりあちゃんは、くるりとこちらを向いて突進して来た。そして、ぼーっと突っ立っている僕の脇を通り過ぎ、校庭の方へ消えて行った。

「ま…まりあちゃん!」

 叫んで、追いかけようとしたその時だ。


 ズ…ドォォォォォォ…ン


 およそ、21世紀の平和な日本の一学校の中には不似合いな轟音?(爆破音?)が聞こえ、その後、この世の物とは思えぬ笑い声が響き渡った。


「おーっほっほっほっほっほ!」


 雄叫びにも似たその笑い声に、ボクの全身が総毛立つ。


「やっぱりバカね、あんた達、滑稽よ! お笑い草だわ! まるでピエロね!」


 なんだ、そのありえない言葉遣いは…じゃなくて…その声は…!!

 この上ない、不吉な予感とともに、おそるおそる後ろを振り返る。すると…やはり、予感は適中だった! そこには…腕組みをして、邪悪な笑みを浮かべるモンスター…小原祥子が立っていたのだ。しかも、奴は、開け放たれた倉庫の扉にケリを入れたままのポーズで立っていた。

 ってことは、なんだ? 今の轟音は、お前がケリを入れて扉を開けた音なのか? っていうか、なんで、お前がこんな所にいるんだよ?


 青ざめて、口をぱくぱくさせているボクに向かって小原祥子が言った。

「なんで、私がここに居るのか聞きたいって顔ね…」

 その通りだ。ボクは頷く。

「ここはね、私の別荘なの! ちゃんと、インテリアも用意していてよ…!」

   そう言って、小原祥子は錆びた扉を足で全開にした。そこには、ファンシーなぬいぐるみと、オシャレなスタンド、マンガに、テレビ、それに、せんべい布団が置いてあり、壁に貼られた富士山の写真のカレンダーからは、世帯じみた匂いまで漂っている。

「住むなよ!」

 思わず、突っ込みを入れる。

「あーら、私に向かって、そんな口を聞いてもいいのかしら?」

 小原祥子が不適な笑みを浮かべた。

「今のやり取り、全て聞かせてもらったのよ」

「え?」

 その言葉で、ボクはやっと、事の重大さに気付いた。そうだ、まりあちゃんは微塵も気付いてくれなかったけど、ボクは彼女に告白して、それを、この邪悪な女に聞かれてしまったのだ。恥ずかしさで耳たぶまで赤くなってくる。

 小原祥子は、眼鏡を意地悪く光らせてボクを見ていたが、やがて、意外に真面目な口調でこう言った。

「あんな回りくどい告白じゃ、まりあには通じないわよ。あいつは筋金入りの天然なんだから。まあ、まりあじゃなくてもあれじゃ分からないかもしれないけど…。世界平和を守るじゃね…ぷっ」

「悪かったな!」

 ボクは、顔を赤くしたまま言い返した。

「あれでも、ボクなりに考えた告白だったんだ! 失礼なやつだな、人の話を盗み聞いて、笑い者にするなんて…」

 ボクが真面目に怒ると、小原祥子は今度はいたわるように言った。

「誤解しないで。私は何もからかうために登場したわけじゃないの。むしろ、逆よ。あんたの恋を叶えてあげたいの。言ったでしょ? 協力してもいいって」

 そういえば、昨日そんな事を言っていたような気もする。が、

「信用できるかよ!」

 ボクは、小原祥子を睨み付けた。その、光る銀縁眼鏡の何を信じろと?

「信じるも、信じないも自由よ。でも、これだけは覚えておくがいいわ。私は、この世でもっとも阿部まりあをよく知る女だってこと…」

「何?」

 ボクは、驚いて小原祥子を見た。そして、さっき、まりあちゃんがこいつの話をしようとしていた事を思い出す。

 一体どういう事だ? 小原祥子とまりあちゃんの間にどんな関係が?


「一体どういう意味だよ?」

 ボクは、ストレートに小原祥子に質問した。だって、聞き捨てならないじゃないか? 『まりあちゃんを最もよく知る女』だなんて…! 『よく知る』だぞ! 一体、どこの、ナニまで知ってるんだ? 


「そんなに知りたい?」

 小原祥子は、口の端をぐにゃりと曲げて笑った。

「知りたいに決まってんだろ?」

  「よくってよ、教えてあげるわ。もったいつける程の話でもないしね。実は、私とまりあは、遠い親戚なの」

「親戚?」

「そうよ、私の母方のおじあちゃんと、まりあの父方のおじいさんが兄弟なの。つまり、私達はハトコってわけね」


「ハトコ…」


 なる程。それなら、小原祥子が実は阿部という名字で、静江さんとまりあちゃんが似ていたとしても、何の不思議もない。しかし、という事はなんだ?

「阿部家の中で、君だけが、突然変異ってわけ?」


 つい、正直な感想を述べてしまうと、


「どういう意味だー!」


 小原祥子の改心の一撃が右頬にヒットし、ボクは、思いきり地面にしりもちをついた。


「いってーな!」


 ボクは右頬を抑えて叫んだ。


「なんで、いちいち、そう乱暴なんだ?」

「シャラップ! 蘭丸! 言っておくけど、これでも、手加減してあげてるのよ! あたしが本気を出したら、今頃あんたの首は、あそこ…! あの、体育館の屋根まで飛んでいわね」

「そんなわけあるか! っていうか、どうなんだよ、その態度。女としてさ」

「あら? じゃあ、か弱い女の子に対して『突然変異』とか言うのは、男としてどうなわけ?」

 まったく… ああ言えば、こう言う…。しかし、ボクは、一応、自分の非を認めた。

「そりゃ、まあ…こっちも悪かったけど…」

 そして、足についた砂を払って立ち上がる。

「…それで…君はハトコの、まりあちゃんの情報に詳しいって事?」

 だったら、ぜひともこいつから話を聞かなくてはいけない。

「そうよ、しかも、ただのハトコじゃないんだから。学校では秘密にしてたけど、私達、小学生の頃から、同じ家の、同じ部屋でずっと暮らしていたのよ」

「え?」

 衝撃の事実だ。

「マジ?」

「マジよ」

「ってことは、何…? まりあちゃんの寝顔とか見た事あるって事?」

「もちろん。でも、あいつの寝相はひどいもんよ。いびきはかくし、寝言は言うし、歯ぎしりは…」

 しかし、僕の耳には『もちろん』以下の言葉は入っていなかった。そして、頭の中に、お花畑な想像が広がって行く。


 …まりあちゃんの、寝顔! 寝顔! 寝姿……  嗚呼!!



 危うく昇天しかけたボクの魂を、小原祥子が引き止めた。


「大丈夫?」


 しかし、今だ宙を舞うボクの目に映ったその姿は…


「モンスター!」


 簡抜入れず、小原祥子の攻撃…! …と、なるはずだったが…


 『あちょー! あちょあちょあちょー! あちょー!』


 ブルース・リーもどきの叫び声がして、小原祥子が振りおろしかけた手を止めた。そして、慌てて倉庫の中に戻り、鞄から携帯を取り出す。


「着メロかよ!」


 ようやく魂の戻ったボクは、小さな声で突っ込みを入れた。まあ、あいつらしいといえば、あいつらしいけど。


 それから、倉庫の戸を閉め切り、中で何やらぼそぼそ話す小原祥子を、辛抱強くボクは待った。なぜなら、まだ、まりあちゃんの攻略法を聞いていなかったからである。

 30分ばかりたって、やっと、奴は、倉庫から出て来た。しかし、待ちわびたボクに対して、奴はあっさりとこう言ってのけた。

「悪いけど、これ以上のまりあ情報はトップシークレットよ」

「はあ? 約束が違うじゃんか!」

「本人からクレームが来たの。『王子君にまりあの事話さないでえ』って。あの子、私達が同居する事知ってるから…」

「い…今の、まりあちゃんからの電話?」

「そうよ。何その顔! 電話ぐらいで興奮しないでよ!」

「え?」

 思わず、顔を抑える。その隙をぬうように、小原祥子が立ち去ろうとした…ので、ボクは慌てて奴を追いかけた。


「おい、待てよ! 協力するって言ったじゃないか」

「仕方ないでしょ? 本人が嫌がってるんだから」

「せめて、ヒントぐらいくれよ。少しでいいんだからさ」


 しかし、ボクの必死に訴えにも関わらず、目の前のぼさぼさ頭は、決して振り返ろうとしない。


「おーい、小原祥子! お前、そういう奴なのかよ!」

「…」

「なんだよ! ケチ! 嘘つき! 裏切り者!」


 あらん限りの悪態をつくが乗って来ない。


「あー、そうかよ。分かったよ。そういう奴なんだな。見損なったな。お前は格闘家の娘なだけあって、男気だけはあると思ったのに…」


   それでも、反応がない。仕方がない。あきらめるか…。そう、腹を括った時だ。おもむろに小原祥子が振り返った。


「なんだよ! 協力する気になったかよ?」

 一瞬喜んだが、

「違う。座ぶとんの下に、通帳忘れて来た」

 無愛想に言って、小原祥子は倉庫の方に戻って行った。そして、戸を開けて、座ぶとんの下を探る。

「っていうか、そんなトコに大事なもん置いて行くなよ。それ以前に、座ぶとんを置くな、カギ閉めろ!」


 つっこむボクに向かい、奴は背中でこう言った。


「一つだけヒントをあげるわ。まりあは、お笑い芸人が大好きなの。だから、あんたも、どうしてもまりあと両思いになりたければ、芸人ぐらいに面白い男を目指すといいわ!」


「面白い男?」


 しかし、それは、僕にとって、とてつもなく高いハードルである事は間違いなかった…。


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