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5 え?告白?

僕と、勇と、阿部さんと、小原祥子を乗せた列車は、20分程で目的の駅に到着し、それから僕らはいつものごとく坂道を上り、いつものごとく教室に向かう。いつものごとく、僕はテニスコートの前で女生徒に名前を呼ばれ、クラスの違う小原祥子とは家につくまで関わる事も無いだろう。

しかし、その日がいつもと少し違ったのは、それが人生最大で幸せな日になった事である。その、予兆に僕が気がついたのは、3時間目の事だった。

はじめに感じたのは、くすぐったいような、奇妙な、とても落ち着かない気持ちだった。


…なんだろう?この違和感は?


それに気がついた時、僕は顔を上げキョロキョロと辺りを見回した。教壇では、古典の担当教師が、白墨で黒板に詩を書き写している。前の席の女生徒が、机の下に隠した携帯をなぶっている。斜後方の男子生徒は、スヤスヤと安らかな寝息をたてている。…僕を奇妙な気持ちにさせるものは見つからない。

僕は首を回し、反対側を見回した。

そして、案外すぐに僕は原因を突き止めた。つまり、僕にくすぐったい予感を与えたものは、3列向こうの斜前から、僕を盗み見ているの彼女の視線…阿部まりあの視線だったのだ。

そう。まりあちゃんが、僕を見ていた。勇じゃなくて、僕をだ!(勇の席は、彼女のさらに右の前方である)


3時間目が終って、放課が来て、4時間目が過ぎ、昼休み。5時間目の体育。そして、帰宅の時間が来るまでに、僕とまりあちゃんは何度視線と視線を触れ合わせただろう?彼女と目が合う度に、僕は体が地面から浮き上がりそうになるのを、辛うじて押さえなくてはならなかった。(実際、人が地面から浮き上がったりしたりしないけれど)おめでたくも、僕はこう思った。


…ああ、まりあちゃん『も』、やっと僕の良さを分かってくれたんだ。勇じゃなくて、僕の良さを…


そして、クライマックスの放課後。

桜散る校庭の、校門の前で、僕は彼女に名前を呼ばれた。振り返ると彼女は、花吹雪の前に、両手で鞄を抱えて立っていた。彼女と、薄桃色の背景はとても合っていたけれど、正直言って、僕は戸惑っていた。…だって、まさか、彼女からいきなり声をかけて来るとは思わなかったから…。

「1人?」

と、彼女が僕に聞いた。

「…ああ」

と、僕は頷いた。勇は、何か大切な忘れ物があるからといって、教室に戻ったきりだ。(僕は、奴が来るのを校門でずっと待っていた)

「そう…」

安心したような微笑みを浮かべ、阿部さんが言った。

「話があるけど、聞いてくれる?」

その言葉に、慌て者の僕の心臓が早鐘を打ち始める。…まさか、告白?…

「っ…何?」

これ以上心臓が慌てて走り出さないよう、僕はまりあちゃんの顔から微妙に視線を逸らして答えた。

「ここじゃ、ちょっと…」

まりあちゃんが、周りを見て俯く。それで、僕は、いつの間にか自分の周りにできていた人だかりに、初めて気が付いた。

「…2人きりになれる所に行く?」

僕の提案に、まりあちゃんがコクリと頷く。それで、僕は、再び校舎の方へ、彼女の先に立ち歩き始めた。甘やかな期待に胸をふくらませながら…。

ボクは、まりあちゃんを絶対に誰も来なさそうな体育館裏の倉庫の前に連れて行った。そこは校内の校内の死角だ。叫んだって誰も来ないぞ…ひひひひひ。などというような事は全く考えていないような顔をして、ボクはポケットに手を入れ、フェンスにもたれ、

「で、話ってなに?」

さりげなく聞いた。

ところが、まりあちゃんはボクの顔をいっさい見ようとはぜず、全く逆の方向を向いたきり、なかなか口を開こうとしなかった。しばらく沈黙が続いたが、不思議に気まずさを感じる事はなく、ボクは彼女の後ろ姿を見る事に、後ろめたいほどの快感を感じていた…ボクは変態なのかも知れない…。

しかし、ふわふわの髪から見える彼女のうなじは例えようもなく美しかったし、そこに漂うためらいに似た恥じらいは(この時のボクには、彼女が恥じらっているように思えた)間違いなく恋する乙女のものだと、ボクには断言できた。

「どうしたの?言いにくい話?」

ボクは、常々父さんに言われているよう、あくまでも優しく、さわやかな口調と、包み込むような笑顔をミックスさせつつ彼女にたずねた。それに対し、彼女は小さくためらいがちに頷いた。ボクは、確信した。


…やっぱり、告白だ!…


どうしよう…。ボクは自分の魂が空高く舞い上がっていくのを、どうにも止めようがなかった。心臓が、暴れ太鼓を打ち始める。

自慢ではないが、女の子に告白されるのはこれが初めてではない。といっても、それほど多くもない。…数えた事はないけど、まあ、一番分かりやすく言うと、一日に3回ぐらいかな?本当にたいした事ない。でも、正直、休み時間のたびに呼び出されるのは疲れるので、『告白は月末24日限定って事にしてくれないかな?』と、朝礼で、校長先生の挨拶の後に全校生徒に向かって頼んで以来、みんな忠実にそれを守ってくれている。ただ、24日は教室の前から校門まで行列が出来ちゃって大変だけどね。

それが、まりあちゃんの告白にはなんで応じたかって?それは、そうだろう?彼女はボクの、特別な女性ひとだもの。そう、彼女は、この王子蘭丸が、生まれて初めて心から好きになった人なんだ。

そこまでモノローグして、ボクは「あっ」と大変な事に気が付いた。

実は、ボクは子供の頃から決めていた事があるんだ。ボクの『初恋の人』には、絶対にボクから告白しようって。セリフまで決めているんだ。『君の微笑みは世界を幸福にする。…そして、ボクは世界の幸福を、守りたいんだ』

…つまり、君の笑顔を守りたいっていう意味だ。


「あのね、話っていうのはね…」

ようやくまりあちゃんが、ボクを見て口を開いた。けれど、そこから言葉を続けようとする彼女を手で制し、ボクはにこりと笑った。…彼女から言わしちゃいけない!…

「待って。ボクから言うよ」

「え?」

まりあちゃんが、くるくるした大きな目をさらに大きく広げて小首をかしげた。

「ボクから言わせてよ。ずっと言おうと思ってたんだ」

それからボクはフェンスから背中をはなし、彼女の目を見つめた。胸がドキドキする。でも、言わなくちゃ…!言うんだ蘭丸!


「君の笑顔は世界の幸福だ!ボクは世界平和を守る!!」


言った…!


ボクは、心の中で拳をにぎった。…なんか間違えたような気もするけど、言ったぞ!


まりあちゃんはびっくりしたようにボクを見ている。…突然の告白に戸惑っているに違いない。緊張の一瞬だ。彼女は僕の気持ちを受け入れてくれるだろうか?大丈夫だ。大丈夫に違いない。だって、そうだろ?

やがて、彼女のびっくり顔が、みるみる笑顔に変わっていく。それを見て、ボクはほっとする。


…ほうら、思った通りだ。彼女もボクの事が好きだったんだ。


「王子君てすごいのね」

やがて、まりあちゃんが笑いながら言った。

「え?凄い?何が?」

「世界平和のために働きたいなんて、すごいよ。将来は自衛隊かな?それともボランティア?」

「はあ?」

予想外の反応にぽかんと口を開けたボクに向かい、まりあちゃんが朗らかに続けた。

「まりあは、世界の事なんて考えた事ないから、王子君の事、すごく尊敬するかも…」

「あ…ありがとう」

ボクの笑顔が引きつる。…別に尊敬されたい訳じゃないんだけど…。っていうか、ボクは君に告白したんですけど…。しかし、そんなボクの気持ちを置き去りにして、まりあちゃんはさわやかに話題を変えた。

「それで、話っていうのは、祥子…じゃなくて、小原さんの事なんだけど…」


…なに?


引きつっていたボクの顔が、今度はこわばった。


…なんで、今、あいつの名前が出てくるんだ?

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