まおうのおうこく8
「ほら、アタシはここだよ!
なんだい、人間の男にはアタシを濡れさそうって気概のあるヤツぁいないのかい?
とんだフニャチン共だぁ、あっはははははははは!」
最早何本目か分からない槍の投擲を空中でかわしながら、軋む体を奮い立たせて精一杯の虚勢を張った。
着地の衝撃が体の芯に響く。手や足は折れているのだろうか、もう殆ど痛みはないが、ただ今まで感じたことの無い虚脱感で指一本動かすことさえ億劫だ。
わずかに感じる感触だけでハルバードの柄を握る。もういつでも意識を手放せてしまえそうだ。限界は近い。
「へっへへ・・・そう焦んなよ。すぐにひんむいて、気持ちよくしてやっかんなァ!」
「あぁあああ! あのミリスちゃんとヤれるなんてヨぉ、ムサい軍隊勤めもしてみるもんだなァ! ハッハァ!!」
「ぎゅぼぶぁえcぇぇえぁsdう゛ぁう゛ぁーー」
「おい、ギーヴ。後でお楽しみなんだかんな! 潰したりすんなよ!」
「う゛ぁあぁあ」
「ったくわかってんのかね」
下卑た嗤いで下卑た奴らが、私をおかずに最低の話をしている。
目の前には夥しい、敵と仲間の死体。
遠巻きにわたしたちが逃げれないように包囲するフルプレートの人間の戦士の群れ。
輪の丁度中心には、斧使いの鎧戦士と、ショートソードの騎士、弓とナイフを使うシーフに、ばかデカい図体のわたしの身の丈程もある鉄棍棒を持った豚野郎。
一番ヤバイのは斧使いの男だ。もう十数合も刃を合わせたが、帝国騎士でも指折りだろう。
1対1ならどうにでもなるが、4対1だとどうしようもない。
おまけに
「くっ」
しつこく飛んできた槍を、悲鳴を上げる身体に鞭を打ってかわす。
こうやって、奴らから少しでも距離を取ると、外野から槍が投擲される。
それにこれ以上はもう下がれない。
私は背中にこの村で一番大きな小屋を庇って戦っていた。
中の地下の貯蔵部屋には生き残った戦えない女や子供達がいる。
屋根に上がったセシル達の援護が途絶えてもう暫く経つ。恐らく全滅したのだろう。
ジャイブもベモントもジョージもみんな死んだ。
きっとわたしはここでこのまま死ぬのだろう。
今まで必死に生きてきた。
こことは違う廃棄村で生まれ、文字通り泥水をすすって生き、殺して、殺して、奪って、奪って、やがて冒険者になり名を上げた。何度も死にかけそれでも石に齧り付き、帝都では指折りのランク11トップのランカーとなった。帝国の依頼を何度もこなし皇帝に謁見もした。貧民出の、しかも猫目族としては異例の大出世だ。
褒められた人生ではなかったが、大人になってからは必死に正しい事をしようと、生きてきた。
――その最後がこれか・・・。
これからここに集まった、最低の下種達に身体を穢され、無惨に殺される。
守りたかったものも守れない。みんな私の後に続いて同じ運命を辿る。
あんまりではないか・・・。
視界に涙が滲む。
それがいけなかった。それで反応が遅れた。
・・・しまった、とそう思ったときには遅かった。
視界が一瞬暗転し、右眼が焼けたように熱い。
「ぐっ・・・・づぁああああああ!」
右眼を射抜かれた。
しかし、そう理解した次の瞬間、
「う゛もう゛ー!!」
「ぐっ・・・がぁああァァあ!」
凄まじく重い衝撃に全身を砕かれた。一瞬で間合いを詰めたバカでかいあの豚野郎がアッパースイング気味に私の身体を打ち抜いた。
油断した、こんなにも瞬発力のある相手だとは思っていなかった。体中がぐちゃぐちゃに潰され、空に打ち上げられる――致命的なダメージだ。
足も腹も胸も顔も、ぢくぢく痛んで痛い。
ふわりとした場違いな浮遊感に戸惑う。
これが走馬燈というのだろうか、今までの色んな記憶が鮮明に蘇り、地上までの時間が永遠に感じられた。だがその時は無惨にもやってくる。
べぢゃりっと、顔面から地面に叩き付けられ、血と泥の中に無様に転がった。
「ふゅー・・・ふゅー・・・・ひゅー・・・すー・・・」
息すらまともに出来ない。
「あーあー・・・、やっぱ潰しちゃったよー、これもーどうすんだよー!!
ぜってー勃たねーじゃん、ぎゃははははは」
「てんめェェェェ!!! せっかくミリスちゃんとヤれる、一生に一度のチャンスだったのによォォォ!!」
「あう゛? う゛ぁ~う゛?」
「あーもういいさ、後ろの小屋ぶっ壊して中にいるメス全部引きずり出して、どのみちパーティーすんだから、そいつらで我慢しようぜ。」
死の間際になって、わたしは猛烈に自分を恥じた。
この期に及んでわたしは、あの下種達に犯されずに済むことに、安堵したのだ。
私の後ろにいる沢山の人たちの多くが、その運命を辿るというのにだ。自分1人だけ、もうすぐ尽きるこの命であと少しで楽になれると、そう安堵したのだ。
「ご・・・め・・・」
「あ"~? コイツ、泣いてやがんぜ? っひゃひゃっ! ウケる」
悔しい・・・惨めだ・・・こんな風に死にたくない。嫌だ・・・。
後悔と怨嗟が喉の奥から昇ってくるようだった。
しかし、次の瞬間。
――「お前ら、勿論全員死ぬ覚悟は出来ているんだろうな」
まるで、空から岩でも降ってきたのではないかと思うような轟音。
爆発したように、硬い地面と土を巻き上げて、それが現れたのだ。
紫と黒の見るからに上等そうな生地を何層にも複雑に織り重ねた宮廷魔術師のような厳かなローブを纏った、黒いねじれた二本角の悪魔が私の前に現れた。
だれも動けなかった。デーモンとは本来超常の存在だ。ドラゴンやベヘモスみたいな神獣や天使などに並ぶ存在だ。
敵の兵士も何が起きたのか理解できずただ立ちすくんでいた。
デーモンは私に歩み寄ると、壊れ物に触れるように優しく抱き上げた。
そんな風に誰かに触れられたのは初めてだった。
私は背も高いし男勝りだし、がさつな冒険者の世界に生きていた。年頃になっても浮わついた話の1つもなければ本気で言い寄ってくる男もいなくて、もちろん年下の冒険者や下品なオヤジ共から欲の籠もった視線を送られることはしょっちゅうだったけど、こんな風に、まるでか弱い女の子みたいに扱われたことなんて今まで一度もなかった。
昔、まだ王都でゴミを漁って生きていた頃、街の片隅で拾った犬のしょんべんまみれの破れた絵本の切れ端に、こんな風に王子様に抱っこされる女の子が描かれていた。
それをしばらく私はずっと大事に持っていたっけ。
今では笑えてしまう。まだ少女の頃の恥ずかしい思い出だ。
でも、そんな少女の頃に憧れたワンシーンを死の間際にか叶えることができるんだから、わたしの人生も案外捨てたもんじゃなかったのかも知れない。
まぁ、相手が化け物ってのがちょっと、ほんのちょっと減点対象だけど。
私は、もう何も残っていないと思っていたこの体の中の、絞りかすのような力を振り絞り、指を動かした――すぐそこに見える小屋を指差す。生き残ったみんながいる見すぼらしい小屋を。
「この状況で、他の者の心配をするのか・・・君は」
デーモンは驚いたように呟いて、肩に回した方の手の指で、頬に血でへばりついた髪を払ってくれた。
こんな状況なのに、なんだか鼻を明かしたみたいで、妙にいい気分だ。
「でも安心してくれ。
君のおかげで僕の信念が固まった。
アリアナに言わせると僕は、賢しいだけで軸がないらしい。
だから揺るぎない信念をさだめろと言われたんだが・・・
ありがとう、今決まった・・・君のおかげだ」
ほとんど意味は分からなかったが、デーモンはそう言うと、金色にきらきら輝く小瓶に入った何かを私の口もとに垂らした。
回復アイテムか何かなのだろうが無駄だ。もう遅い。
例え宮廷魔術師のキュアポーションでも治せやしない。そんなこと自分が一番よく分かっている。
「おい、飲め」
デーモンはぶっきらぼうに言うが、悲しいかな、もうそんな力も残っていない。
注がれる端からこぼれ落ちていく。
悪いね、貴重な回復アイテムを無駄遣いさせてしまって。
だが、そのデーモンは私に飲み込む力も残っていないと分かると、
「・・・ふむ、仕方ない・・・」
小さな小瓶をもう一つ取り出して中身を口に含み、私に優しく口づけた。
もう指1つ動かせないこの体はぴくりとも動いてくれなかったが、本当はすごく動揺していた。
そんなことが起こるなんて思っていなかったから、死にかけのこんな時なのに、朝何を食べたか、昨日の食事にニンニクが入っていなかったか考えてしまった。
こんなぐちゃぐちゃに潰れてしまった醜い顔じゃなければと、不覚にも思ってしまった。
「んむっ・・・!?」
ドロドロの液体が、喉の奥に流し込まれる。
苦しい・・・息が出来ない。
「ん、ぶはっ・・・けほっ、けほ」
私から唇を離したデーモンは、さっきとは別の小さなコロコロした黒い怪しげな薬を、わたしの口の奧に突っ込んだ。すごく苦い。
薬のおかげか少しだけ楽になった気がする。だがあれだけの致命傷だ――気休め程度だろう。体はもうぴくりとも動かない。
デーモンは私の体を近くの小屋の影に丁寧に横たえると、
「ここで待っていろ」
と優しく言った。
――きっとあんたを待つことは私にはできない、でも恩に着るよ。本当にありがとう。
そんな言葉が喉から出かかったが、もう口が動いてはくれなかった。
その時になって、ふと私はそのデーモンの傍らに、見慣れた犬耳族の子供がいることに気が付いた。
信じられなかった――唇が震える。歓喜に喉が何かを叫ぼうと震えている。
ルルだ――村では私の家の隣に住んでいて、ママのシアさんと貧しいながらも肩を寄せ合ってささやかに暮らしてた。シアさんは美人だからきっとルルも美人になるだろうって、村のみんなから可愛がられていたっけ。
さっきまで止まっていた涙が目尻にじわりと滲む。
―よかった。 本当に。
心の底から思った。
軍による焼き討ちの混乱で離れ離れになって、村の東で帝国の騎兵に追われるあの子たちを見たって村人の話を聞いた時、目の前が真っ暗になったような絶望を覚えた。
だけど、神様はまだわたしを見放してなかった。
そして驚くべき言葉をルルが呟いた。
「お、とうさん・・・?」
そう言ってデーモンを見上げたのだ。
「あー・・・うん、君も、このお姉さんと一緒にここで待ってるんだ、いいね?」
「・・・うん」
ルル・・・あんた今、なんて・・・? まさか・・・
もしかしたらと、そう思ったら、堪えることなんて無理だった――涙が止めどなく溢れてくる。
パパに・・・会えたんだね――やっと。ずっと探してた、ルルのママさんが旅先で出会ったあんたのパパ。北であんたら親子を逃がすために一人囮になって谷底に消えた優しいパパさん。
わたしはこんな性格だから、終ぞ素直になんて言えなかったけど、二人の事が大好きだった。
〝おねぇちゃん〟と舌っ足らずな口調でわたしの人差し指を握るちいさな手。自分達だって貧しい癖に飯を作れば必ずわたしの所にお裾分けを持ってくる。〝育ち盛りなんだから、沢山たべなきゃおっぱい大きくならないよ〟って、私はもう19だし、胸はこれ以上大きくなったら困るんだけど、そんなどこか抜けたママさんが大好きだった。
叶うことなら、二人だけは無事にいて欲しいって、この世界のどうしようもない悪意が届かない、幸せな場所で生きていて欲しいって、バカみたいに、そんなことある筈ないのに、人生で初めて神様に祈った。
こんな死の間際になって、こんなに沢山の幸せを貰っていいんだろうか。まるで人生の全てのツケを神様がまとめて払ってくれているみたいな、こんな奇跡が、起きていいんだろうか。
ルルはわたしの傍に座ると、ママさんが働いている間わたしの家でそうするように、三角座りをして膝の上で手を組んだ。
「さて、君たち。
大人しく待ってくれていた、紳士的な姿勢については感謝しよう」
デーモンは騎士達に向き直ってそう言ったが違う――そうではない。竦んで動けなかったのだ。
欲望と殺意、戦場の狂気に支配された狂乱の最中、お伽噺の絵本に出てくるような伝説上の悪魔がいきなり目の前に現れた。正気なものなどこの場の何処にもいない。
「だけど、残念だ。
僕は君たちを殺さなければならない。
それも、できるだけ残虐に。
君たちの想像する〝悪魔〟を体言する為にね。
半分は殺そう。半分は生かそう。ああ、無傷で帰れるなんて思うなよ?
君たちには、帝国に〝恐怖〟を持って帰ってもらう」
そう言って、両手を広げた悪魔の背中は、なぜか優しい懐かしい香りがした。
今回登場した人物の名前を変更しました。
ミリィ→ミリス
ハイそうです。どうでもいいこだわりですよね・・・。
ごめんなさい。許して。




