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まおうのおうこく  作者: 石原にしん
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まおうのおうこく6

「ふぅ、便利なものだな・・・敵の位置が分かるというのは。

 本来であれば丸2日の道のりだ」


 アリアナが息を吐き出すように言った。

 朝から歩き続け、太陽が真上に差し掛かる頃ゲルニカ達は森を抜けた。

 鬱蒼と見通しのきかなかった深い森は、地平線まで続く大草原に変わり、南には薄らと大きな城壁の影。そして森の中では浴びることのなかった燦々と降り注ぐ太陽。

 邪悪な悪魔(デーモン)の体と言えど、開放感を感じずにはいられない。

 だが、


「ねぇ、アリアナ・・・」

「ああ」


 エルシィとアリアナは何かに気づいたように、神妙な顔で辺りを見渡し、意味ありげに顔を見合わせた。


「どうしたんだ、二人共」

「いえ・・・その・・・」

「街道に人がいない」


 アリアナが真剣な表情で言葉少げに答えた。


「街道?」

「貴様には見えんのか、あれが」


 そう言って指を差す。

 確かに、小高い丘を縫って東西に走る街道が見える。


「あれはハクア連峰の国々へと繋がる唯一の街道だ。

 越冬が近いこの時期、東から帝国に戻る荷馬車で人通りは多いはずなんだ。

 いくらなんでもおかしい」

「あれ! あれよアリアナ!」


 その時エルシィの一際大きな声が頭上から上がった。 

 いつの間にか物見のように近くの木に登ったエルシィが東の空を指差していた。


「エルシィなんだ!? ここからでは見えん」

「火の手が上がってるの! きっと襲われてる!!」

「なんだと!? あの方向はケーナ村の方向ではないか!」

「ケーナ村?」


 勿論この世界の地理に詳しくないゲルニカにはその村が何なのかは分からない。


「・・・・・・。

 貴様が行こうとしていた・・・廃棄村のことだ」

「なに!? モンスターに襲われているのか?」

「っ・・・! 知らん・・・」


 だが、そう答えたアリアナのその表情には、何か心当たりがあるように見えた。何かを危惧し、何かを恐れているそんな表情だ。


「いずれにせよ、時間がないな。急がないと」

「ゲルニカ、貴様待て」


 しかし、今にも駆け出そうとするゲルニカをアリアナが呼び止めた。

 

「なんだ、今は時間がないん――」

「焦る気持ちは分かるが、その格好のままでは拙い。

 悪魔(デーモン)なんぞが突然現れたらパニックになる」

「今はそんな――」


「いいからっ!!」


 それは、森でゲルニカに槍を突きつけた時のような、紛れもない怒声だった。


「・・・私の言うことを聞いてくれ、頼む」


 しかし、あの時とはまるで違う、その声にも表情にも悲痛なものが感じられた。

 まるで自分の信念をドブに捨てて、民を斬り殺す騎士のような、苦しみに満ちた表情だった。


「・・・わ、かったよ・・・」

 

 その迫力に気圧されるように頷くと、ゲルニカは少しの間考えてから一枚のケープを取り出し肩に羽織った。


「なら、これでいいだろう?」

「な!?」

「・・・!?」

「これはイツァムナーのケープと言って、別の姿に変身することができる」


 いつの間にかゲルニカは、彫りの深い魔法使いのオジサマの姿になっていた。スネ○クだった。

 このケープは覚えさせた4つの姿に変身することができる。

 貴重なアイテムだがグリモアの第3サーバーでは、人外アバターキャラの必須アイテムとなっていた。これがないと人類種勢力下の街に出入りができない。


「・・・信じられん。確かに・・・人にしか見えん・・・」

「時間が惜しい、僕は先に行く。一人の方が早い。

 君たちは後からついて来てくれ。森を抜ければ安全なんだろう?」


 そう言って心配事に念を押す。

 単純な移動速度であればゲルニカ一人の方がはるかに早い。

 だがアリアナがゲルニカの腕を強引に掴んでそれを止めた。


「いや、だめだ。私たちも連れて行け」

「え? 連れて行くって・・・?」

「オークも片手で持ち上げられる貴様のことだ。

 担いでもなんでもいい、とにかく私たちを連れて行け」


 強引に引き止めたアリアナの表情は、冗談など一つもない真剣なものだった。

 エルシィも慌てて木の上から飛び降りてゲルニカの許に歩み寄る。


「私も・・・。

 ゲルニカさん、一人で行くのはお勧めしません」


 その日初めてゲルニカに対して口を開いたエルシィだったが、その口調には何処か焦りが見えた。


「エルシィ殿、上から何か見えたのか?」

「いえ・・・でも、私とアリアナの予想が正しければ、廃棄村を襲っているのは恐らく帝国軍です」

「・・・・・・何故だ。

 そのケール村というのは帝国にとって自国領なんじゃないのか?」

「・・・いえ、その・・・」

「・・・簡単には説明できん」


 言い淀むエルシィと何処か苛立たしげに答えたアリアナ。


「なんだよそれ・・・」

「とにかく、こんなところで話していても埒が明かん」


 そう言うと、アリアナは突然ゲルニカに向かってバンザイをした。

 は・・・?


「え?」

「・・・・・・おい、早くしろ。 恥ずかしいだろうが」


 アリアナは真っ赤になりながらゲルニカを睨みつけた。


 こ、これはもしかすると、いや、もしかしなくとも〝だっこ〟のポーズか!!?


 エルシィもアリアナに倣って躊躇いがちに手を差し出す。

 ゲルニカは仕方なく――本当に仕方なくおずおず(・・・・)と正面から彼女達の腰に手を回した。


「きゃぁ・・・! そ、そこお尻です・・・」

「貴様! バカ! どこを触っている! 破廉恥なァあぁぁあ!?」


 予想していたことではあるが、二人から悲鳴が上がる。


「・・・ご、ごめん」


 心の中でも彼女達に詫びると、ゲルニカは二人を米俵のように肩に担く。


「ふぁあ・・・高い・・・」


 エルシィの可愛い悲鳴が背中から漏れた。


 ・・・それにしてもハレンチて。その言葉を使っている人を初めて見たな。


 二人に声を掛けるとゲルニカは、足に力を込め全速力で走り出した。

 電車から窓の外を眺めるように景色が高速で流れていく。

 丁度小高い丘に差し掛かったところで力一杯跳躍する――最高速度で上空に達し、東の地平に小さな村とそれに群がる人の群れを捉える――その数1000か2000か。


「見えた! アリアナ殿!」

「わかった! わかったから! とにかく尻から手を離せ!!」

「ゲ、ゲルニカさん・・・手は、その、もう少し下に・・・」


 喚きたてる二人を肩に担いだゲルニカ視線の先、機関車が吐き出したような真っ黒な煙が、いくつもどろどろと空に向かって伸びていた。





 戦場は阿鼻叫喚の渦に飲み込まれていた。ゲルニカは〝阿鼻叫喚〟というものを見たことはなかったが、この光景を見た瞬間これがそうだと思った。

 泣き叫ぶ声、潰れた蛙のような断末魔、必死に助けを求める懇願の声、剣戟の音、嗤い声、くぐもった唸り声。ありとあらゆる醜い声が耳の奥に突き刺さる。


「なんだ・・・これは・・・」


 ゲルニカは見ていた――剣を突き立てられる犬耳の男を。子供を盾に犯される若い母親を。槍で無惨に突き殺された小さな女の子を。血に浸るクマのぬいぐるみを。貧相なボロ小屋の小さな窓に並べられた家族の首を。扉の隙間から粘液のようにどぶどぶと流れ出る血の川を。


 助けに来たつもりだった――誰かが何か理不尽な暴力に晒されていて、自分はたまたま手に入れたこの強大な力で、よく読んでいたネット小説の主人公みたいに颯爽と助けに入り、悪を倒して弱者を救う――まるで英雄の様に。


 一歩も動けなかった。小さな子供の泣き声も、救済の懇願も、末期の悲鳴も、全て聞こえていた。なのに一歩も動けなかった。


「うわぁあああああ」


 突如、黒煙を上げるボロ家の影から、貧相な身なりの大男が現れ、手に持った(くわ)でゲルニカに襲いかかってきた。


「やめろ!!」


 アリアナはゲルニカを背に庇うと、身の丈程もある杖の柄で鍬を受け止め、軽々と男を押し返した。


「待って! 待ってください! 私たちは貴方と闘いに来たわけではありません!!」


 側にいたエルシィが懇願するように叫ぶが、男は錯乱したように何も耳に入っていない――再びアリアナに襲いかかった。


「くっ!」


 アリアナは仕方なく男の側頭部を杖で強かに打ち付ける。

 ぐらりと男の巨体が揺れ、どうっと地面に倒れ込んだ。


「あ、ああ・・・すまない」


 ゲルニカは呆然と呟いた。


「大丈夫か・・・貴様――」


 しかし、アリアナが様子のおかしいゲルニカを心配し駆け寄ろうとした、次の瞬間。


「きぇあぁァァあァアアア!!」


 奇声と共に、巨体の男の首が両断された。

 アリアナもエルシィも誰も反応出来なかった。


「え・・・」


 間抜けな声だけがゲルニカの口からこぼれ落ちた。


「な!? 貴様ァっ!!」


 アリアナだけが即座に反応し、怒声を上げてそれ(・・)を威嚇した。

 そこにいたのは鈍く光る重々しいフルアーマーを着込んだ斧戦士だった。


「なんだ! 貴様らは!!」


 しかしフルアーマーの斧戦士も又、アリアナに怒声で応える。


「帝国軍、銀騎士。アリアナ・ディ・エイデス・アトラーデ!!」

「な!? アトラーデ卿!? 本物!? いや、それより何故ここにおられるのですか!?」


 フルアーマーの斧騎士は狼狽してすぐに斧をおろした。


「一体どうなっている! なぜ軍がケーナ村を襲っている!?

 それに貴様、意識の無い民間人を殺すなど、一体どういうつもりだ!?」

「い、いえ、バドル卿のご命で――」


 その時だった。


「助けて! おねがいします!! なんでも――」


 焼け落ちた村の通りの角から、小学生くらいの女の子を抱えた犬耳の女性が現れた。

 靴も履いていない素足は焼けただれ、肩とふくらはぎには数本の矢が刺さっている。みすぼらしい衣服は血に濡れ、流れ出た血のせいで顔面は蒼白だった。

 女性はゲルニカを視界にとらえるとふらつく足取りで、必死に走り、


「お願い!! たすけ――」


 残った命を振り絞るようにして叫び、そして、背後から現れた騎馬に背中を踏み抜かれ、崩れ落ちた――ゲルニカの目の前で。


 その勢いで胸に抱いた女の子が放り出され、地面にごろごろと勢いよく小さな体が転がり、やがてゲルニカの足許に投げ出された。


 ちいさな手が、足の指先にふれた。

 ブーツ越しに感覚なんて無いはずなのに、ふれられた場所が熱くて熱くて、焼けた鉄のように燃えていた。


 目の前に騎馬が迫る。速度を緩めるつもりもない女の子とゲルニカを轢き殺さんとしていた。

 不意にフルフェイスの兜の隙間越しに騎馬に乗る騎士と目が合う。


――嗤っていた。


 目の前が真っ赤になった。

 小学生の頃火事があった。家が燃えて、家に居たおばあちゃんとおじいちゃんが死んだ。

 自分だけが、1人逃げて助かった。家中真っ赤で、息が苦しくて、頭がぼーっとして、あの時のようだった。


――心臓のない死体(ルプトゥーラ)


 3階梯の単純な呪文。昨日創ったばかりの、純粋に殺害する為の魔術。

 すぐさま魔術が発動し、騎兵と騎馬と斧騎士の心臓三つを破裂させる。


 騎馬が激突する寸前、小さな女の子を抱き上げて、背中で庇った。

 目の前は、あの頃のまま、まだ真っ赤に燃えていた。

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