表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まおうのおうこく  作者: 石原にしん
21/33

まおうのおうこく20

 カツカツと小気味良い音を響かせる石畳の廊下を、ドノヴァン子爵は焦ったように早足で歩いていた。

東と西の二棟に別れた、地方領主の住まいとしてはやや大振りな居城の西棟。最上階の一番端の部屋の前、白黒の装飾気の無いシンプルな作りのメイド服を着た女性が、両開きの扉の前に二人。

ドノヴァンが到着すると扉を押し開け一例して迎えた。


大振りな黒の大理石貼りの床、窓一つ無い見慣れたゴシック調の内装。部屋の中央には真っ赤なシルク布で装飾された儀式台が。そしてその上に殊更大仰に乗せられた、人の頭程もある水晶。


 いつも至らぬ主人を、助け導いてくれるロマンスグレー、参謀アシアスが落ち着いた態度で腰を折った。


「すまない」

「いいえ、坊ちゃま」


 アシアスはいつも二人きりになるとドノヴァンのことをそう呼ぶ。昔からの呼び名――旧くからの名門バーグナー家に仕える由緒正しき執事の家系であるアシアスにとって、それは些か不本意なことであるが主人のたっての希望であるならば仕方ない。又、不敬と言われるかもしれないが、産湯を浸かったころから我が子の様に、目に入れても痛くない、と傍に仕えてきた主がそう言うのである。そこに嬉しさを感じない訳ではないのだ。


 ドノヴァン・ディ・アークナス・イルヌイ、それがドノヴァンの今の名である。イルヌイとは帝国の古い言葉で〝東の〟という意味があるらしい。17歳の時アークナス家に入った際にディーフロア――義父から賜った領地の名だ。

 いくつか通商都市と、南に穀倉地帯を抱える何てことはない平凡な領地――北は吸血亭キルギスの4代目がエルキアの国境を押さえ、河を越えたずっと東と西の深い森の外れ、それぞれ〝海鳴り砦〟〝森の関門〟と呼ばれるアルカンドラ屈指の要塞都市に守られた内陸部の土地である。


 そもそも帝国の本土防衛はこんな内陸部まで攻め込まれることを想定しておらず又、キルギスと帝国との血の盟約のおかげで30メイル以内には兵力が置けない為、この領地に戦力は無いに等しい。


 ドノヴァンは部屋の真ん中、儀式台に置かれた水晶の真正面の椅子に腰掛けると深いため息をついた。


「それでは」


 と従者であるアシアスは部屋の灯りを消し、魔力を操作して通信魔術を起動させる。


 数瞬の後、何もない空中に身形の良い痩せぎすの男の姿が投影された――ドノヴァンの義父でありアルカンドラ帝国執政官のディーフロアである。


 妻と同じ青い瞳、白い肌、金色の流れるような髪――しかしその髪に艶はなく、瞳の水晶は淀み、頬はこけ、くたびれた年相応の衰えが体つきの各所から見られた。

 しかしそれでも尚、さすがと言うべきか、やはりと言うべきか、一国の執政官である男の凄みなのか無形の圧力が、その眼差しから立ち姿から、身方に漂うオーラとなって発せられているようだった。


義父上(ちちうえ)、お待たせ致しました」

「よい」


 ディーフロアは短く答えると、人のものとは思えない、血の通わない無機物を見るような目で口を開いた。


「聞き及んでいるとは思うが、貴様の領地の北、汚らわしい家畜共が群れて暮らす豚小屋(むら)で、バドル卿の軍2000余りが敗走した」

「は」


 ドノヴァンはその差別的な物言いに咄嗟に声を上げそうになるが、それを堪え下を向き変事を返した。

 ディーフロアは不満げにため息をつき


「ミリテス鎮圧軍に本部に、通信魔術により報告があった

 魔王が現れたそうだ」


 と、失笑ものの寸劇を観劇するように、笑いをかみ殺した。


「は・・・? 魔王・・・でございますか・・・?」

「ああ、魔王ゲルニカと、そう名乗ったらしい。

 バンドルディアス、ケーネス、ハルハポネ、ベルキスの4諸侯が討伐を申し出、既に軍を差し向けている」

「な!? お待ちを!」

「だまれ」


 静かに――怒るでも声を荒げるでもない。ただ静かにそう諭しただけで、ドノヴァンは躾をされた犬のようにぴたりと動きを止める――その瞳の奧には、確かに恐怖の色が見て取れた。

 傍に控えるアシアスが賺さずドノヴァンの許に駆け寄ろうとするが、ドノヴァンがそれを手で制す。


「まぁ・・・と言っても、その程度の事で恩着せがましく功を主張されても面白くあるまい。

 丁度海軍の演習中であった我が手勢をそちらに向かわせた」

「お、恐れながら・・・」


 ドノヴァンは震える喉で恐怖を押し殺し口を開いた。


「軍を差し向けるには早計かと」


 何とかそれだけ口にして重い息を吐く。

 手汗でぐっしょりとぬれた太股、握りしめた拳に爪が食い込んでいる。 

 

「・・・・・・。

 ふむ・・・なぜだ?」


 それに気を悪くした様子はなく、ディーフロアは愉快そうに青年に尋ねた。


「は? はい、義父上。

 僭越ながら、まず敗走の報がなされたタイミングが早すぎでございます」


 そのヴァンは続きを許してもらえるとは思っていなかったのか、一瞬呆けたが、しかししっかりとした口調で自らの考えを口にした。


「ふむ」


 ディーフロアは頷き続きを促す。


「バドル卿より、わたくしに〝ケーナ村を攻める〟との報があってから一刻と経っておりません。

 バドル卿の軍は帝国でも比較的弱卒とは言え、兵士2000をそのような短時間で殲滅するなど、とても考えられない。それ程の強敵か、もしくはバドル卿の報告に何らかの虚偽があったと考えるべきです!」

「ふむ。 義息(むすこ)殿、貴殿の考えは概ね間違っていないだろう」


 ディーフロアは驚くべき事にそのドノヴァンの考えを全て肯定したのである。

 それにはドノヴァンも熟練の従者であるアシアスさえも驚き、息を飲んだ。


「恐らく、あの(バドル)が兵の不満を発散するため、息子殿の領内で略奪を思いついた」

「な!?」

「それどころか、恐らく、此度の戦の報も虚偽であったのだろうと、陛下も儂も考えておる」

「はい・・・それについては・・・報告にて上げられた戦の棋譜を見れば――」


 ドノヴァンはそこまで言いかけて、はっと口を噤んだ。

 バドル卿と共に王城に報告を上げたゲルキア卿は、義父ディーフロアが率いる貴族派閥の有力者である。

 しかしディーフロアはドノヴァンのその言葉に楽しげに目を細めると


「はっはっは・・・良い。

 そのように聡明であるところも、偏屈な我が一人娘が見初めた理由であろう」


 愉快そうに笑った。


「ではバドル卿は、正当な理由もなしに村を攻め、返り討ちにあった・・・と。

 義父上、そこまで分かっていながら、何故あの時バドル卿にケーナ村襲撃の許可を出すよう、わたくしにお命じになられたのですか?」

「義息殿、それが貴族。それが政治というものだ。

 それに汚い家畜の村が一つ滅びたところで、何、痛む腹もあるまいて」

「な!? 義父上!」


 ドノヴァンは結局が我慢ならず、先ほど堪えた言葉を吐き出してしまった。


「なんだ?」


 見咎められ、ドノヴァンが背筋を凍らせる。

 ごくり、と唾を飲み込む音が、アシアスのもとにも聞こえてくるようだった。


「・・・この地は義父上に賜ったもの、しかし、彼らは今や私の領民なのです。

 どうか・・・」


 それが限界だった。


「義息殿、貴殿の優しさは知っている。

 だが、その甘さを持ってしてこの帝国を治めることはできん。

 まだ私の役目を継ぐ日は遠いようだな」

「・・・すみません。

 ・・・義父上・・・いずれにせよ、軍より先に状況を確かめるべきかと・・・」

「いいや。それは違う。

 こうなった以上、早急に叩きつぶす、魔族でも、傭兵崩れであろうと・・・何であれな・・・

 諸侯の軍が、義息殿の領地の街に入るやもしれん、その時はなるべく融通を利かせることだ」

「・・・・・・」

「わかったな?」

「は」


 暗澹たる気持ちでドノヴァンは頭を下げた。

 ディーフロアがそれに満足げに頷くと、投影された映像がふっと何事もなかったかのように消え失せた。

 灯りもない部屋に、何も言わない無言の青年と老人の背中だけが取り残された。


「坊ちゃま」

「・・・ああ」


 ドノヴァンがなんとかアシアスの手を頼りに立ち上がると、部屋のドアが控えめにコンコンと二度のっくされる。


「わたくしです」

「アルマリア?」


 アシアスの視線にドノヴァンが頷くと、アシアスは扉を開け妙齢の女性を部屋に招き入れる。


「ああ・・・ドノヴァン」


 アルマリアはドノヴァンに歩み寄り両手で頬を優しく挟むと、潤む瞳で顔を覗きこみ切なげな表情を見せた。


「お可愛そうに・・・。

 また、あの化け物のような父に虐められたのですね・・・」

「いや・・・化け物って・・・君のお父上じゃないか・・・」

「いいえ、父は本当に意地が悪いのです! 私が6歳の頃、これくらいの子猫を見つけてきまして――」

「奥方様」


 アシアスが珍しく、主人とその奥方との会話を遮り言葉を発する。


「へ?」

「旦那様はお疲れのご様子、リビングでお座りになってご歓談された方が宜しいかと・・・

 ご無礼を致しました」


 そう言って丁寧に腰を折る。


「いえ、そうね。アシアスの言う通りだわ。

 ドノヴァン、参りましょう?」


 そう言ってドノヴァンの背を優しく押す。


「あ、ああ、そうだね。アルマリア。

 って、ちょっと待ってくれ、はは、背中くすぐったいよ・・・」


 しかし部屋を出る時、一人取り残されたアシアスを振り返るアルマリアの瞳はまるで悪魔のようぎらりと光り、己の言葉を無礼にも遮った家畜(ペット)に対し憤怒に燃えていた――その禍々しさたるや父のディーフロアを軽く凌ぐ程である。


 アシアスはその受け慣れた憎悪と侮蔑の視線を静かに受け取ると又再び、丁寧な仕草で今度はアルマリアに対し腰を折ったのだった。この屋敷で、義父と同じ――もしくはそれ以上の、アルマリアの本性を知らぬものはドノヴァンただ一人であった。

 




 同じ頃、アルカンドラ帝国、帝都グリシュダインの王城の一室。

 大きな水晶が中央に置かれた部屋で、灯り一つ付けずに一人の男が頭を抱えていた。

 金髪碧眼。齢50になった今でも、その姿は20歳の様に年若く、社交界に出れば貴婦人の黄色い悲鳴を独り占めする、何を隠そうアルカンドラ帝国国王ルーファスであった。

 そしてその傍らには痩せぎすの悪魔のような老人――ディーフロア。


「ディーフロア・・・なんとかならないのか」

「陛下、お諦めくださいませ。

 報告を総合的に判断するに、アリアナ殿は旗を翻されたご様子。

 これを許しては、帝国の威信にも関わります」

「しかし、それは・・・」

「そうでございます。 バドル卿の謀略が原因、しかしその本人も今や屍。土の下の骸。

 だれかがその責を負わねばなりますまい?」

「しかし!」


 くぐもったような、ルーファルの悔恨の声が響く。


「しかし、反乱は反乱にございます、陛下

 今回のベルゼア卿の軍の敗走に、アリアナ殿が関わっていることは明白」

「・・・・・・・・・・・・・・・何故、何故だ! ディーフロア!

 何故世の知らぬとこで、ミリテスと結んでこの様な戦乱を巻き起こした!!

 貴様――」

「これは異なことを・・・陛下は知っておられたではありませんか」

「っ・・・!!」


 闇の中、息を飲む声が聞こえた。


「わたくしに直接確かめなかっただけで、陛下は知っておられた。

 あの娘を、進んで死地に向かわせたのは・・・


 ――陛下です」


 暗闇の中に悍ましい悪魔のような声が静かに木霊した。


「アリアナ・・・」


 ルーファスは頭を抱え、苦悩の嘆きを喉から漏らすのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ