四枚目 『where a bouts』 【1】
四枚目『where a bouts』
【1】
私が彼女と知り合ったのは、夏本番の暑さと参加者の熱意の熱さで盛り上がる手作りの作品の発表の場のイベント会場での事だった。
その時の彼女は、友人の手伝いで店番をしていて、私はお客として興味のありそうなテナント名を友人とは別行動でウィンドウショッピングをしていた。あいにく、限られた予算の範囲内でのお買い物になるので、お財布の紐はゆるくできない。できないながらも、素晴らしい作品を写真で撮らせてもらえる事は、心が躍る出来事だ。
そんな中、友人のイラストのポストカードやブックカバーを売っている、彼女の場所で足がとまる。
『どうぞ、見て行ってください』
街でよく見かける服装の、道ばたで通りすぎそうなお姉さんの容姿なのに、何か目をひきつける雰囲気を纏っていた。
それだけで、私が声をかける理由には十分だった。
それが、私、優香が華と出会った時の出来事だ。
あれから数年。
お互いに、二十代という年齢が過ぎてゆき、まぁ、その、いろいろあり…現在に至る。
「……相変わらず、珈琲が好きなのね」
時々、ふらりと訪れるギャラリーHOMEの中は、ドアを開けると珈琲の濃い香りがした。看板にはカミングスーンの文字が書かれ、次回の展示期間が表示されている。
展示のない期間でも、開けている時間であれば、直接の展示の交渉も彼女は受け付けている。
濃い珈琲の香りと表現すればいい風景に写るかもしれないが、時々、煮詰まった時の華は飲み過ぎてしまう傾向にある。特に、ここを開けてからの珈琲の摂取量が、以前と比べて格段に増えた。親戚からもらった空き家を改装しているまでは、物作りが好きな事もあり、生き生きとしていた。だが、開けてからの感情の不安を隠すように、珈琲を飲む事が多くなって、飲酒も増えた。
どちらかといえば、自分の中に感情をおさえこむ彼女は、仕事をしていた頃の方がひどい摂取の仕方をしていた。楽しむための酒というよりは、感覚を麻痺させて眠るためのナイトキャップだと自覚しながら摂取していた。そのひどい飲み方に比べては、ひどくはなかったけれど、ひどい部類には入るだろう。
それが最近は、運営もうまくいくようになってからは、医学的に適量だとされている範囲内におさまっている。
何もなかった頃も知っているけれど、何も展示されていないギャラリー内は、どうしても寂しさを感じる。
いつもお客さんに出す珈琲のところで、華は自分用のコップに珈琲をそそいでいた。声をかけると、その手を一旦止めて、私に視線を向けた。
「今日は、そんなに飲んでないよ。…とめられるから」
『誰に』とめられているのかなんて、質問するまでもなく、最近のメールでの近況報告にあったあの子以外いないと察する。
「同じ珈琲が好きな者として、美味しく飲まない人は嫌いって」
最後の口調が、ウソ泣き声になってきている。
冗談だと分かっていても、この反応になってしまうのだろう。こういう反応が、犬っぽいと言われるのではないかと思う。というか、どちらといえば、からかう事のしない私だって、つい、かまいたくなってしまう。
「まぁ、言いたい事は、分かる気がする」
ギャラリー内を見渡すと、噂のあの子が居ない。
「あの子は?」
「食材の買い出しに出かけている。言い訳するのなら、2人分だから濃いのかも」
「……ふーん、そうなの」
「優香は出さないの? 安くするよ」
「一人での展示は無理かな。ビーズのアクセサリーで、ここ埋めるの大変だから」
「誰か、知り合いでいないの?」
そう質問されて、2人が浮かぶ。
周囲の同年代で、今でも物づくりをしている知り合いなんていないので、該当しそうな人物は2人だけだ。
彼女は、最近お菓子づくりに目覚め、あの子は作曲が趣味だった。
「……いない、かな」
「誰か、探せばいいのに」
「華が展示やればいいのに。あの時、見せてもらった絵、好きだったのに…綺麗で」
「あの時?」
そう言いながら、思い出していた彼女は、顔がしだいに赤くなって固まった。
その時、ビニール袋をぶらさげた春が戻って来た。このままでは、どうして赤くなっているのかを質問されてしまうので、回避しようと冷静になろうとしているがかえって怪しい感じに慌てている。
「あ、優香さん、来ていたのですね。久しぶりです…で、この人はどうして固まっているんです?」
「…どうしてだろう。分からない」
『君のせいでしょ』と睨みつけてくるのを、美味しい珈琲をお客用のカップにいれて飲みながら、つとめてすました表情を浮かべる。
どうして、赤くなっているのか、理由は知っている。
数年前のあの日、絵を見せてもらった時は、お互いに酔っていた。
そして、付き合う事になった。
後悔はしていないけど、今ではお互いに恋愛感情は何もない、友人のような元恋人だ。




