一枚目『worker』 【2】
【2】
ここでバイトするようになってから、すでに数ヶ月経過していて、お互いに何も言わずに黙々とそれぞれの役割分担をこなしていく。
元々はオーナーの親族が暮らしていたのだが、亡くなってからはDMが置けるような小さい折り畳み式の机しか残っていない。荷物ギャラリーとして運営する事に決めた時点で、絵を飾るための道具を設置するために処分したそうだ。ピクチャーレール、釘、紐、飲み物を出す用のティファールは常備されている。
掃除をすると言っても、床と壁の掃除をするぐらいでいいので、短時間で終わってしまう。手際がいいのもあるが、普段からオーナーが定期的に掃除をしているのもあるだろう。
物置きとして使用できるスペースにも、埃一つ落ちていない。
「さて、作品の点数っていくつだっけ?」
「20点ほどだそうです。全部、布キャンパスで描かれているものです」
「ふーん、4本ぐらい多く余分に出しておこうか。実際に並べてみないとなんとも言えないけど、余ったらしまえばいいだけだから」
「そうですね。看板も用意して持って来るという事なので、三脚も出しておきましょうか?」
「そうね、出しておきましょう」
「はい」
物置スペースにきちんと整理された状態で、ピクチャーレールにひっかける棒の部分と三脚等の展示に使用できそうな小道具が収納されている。自分の展示に関する用品は、自前で持ってきて使用する場合が多いが、オーナーは希望者には小道具まで貸し出すようにしている。
ホームページ上に貸し出し可能な道具はすべて、写真とサイズを掲載してある。
ホームページのデザインもオーナー自らしていると言っていたのを、聞いた事がある。『シンプルイズベスト』という言葉が思わず浮ぶほど、見た瞬間に余白が適度に組み込まれている事が美しさを感じさせる。だが、必要な情報が掲載されていないわけではない。一ページにすべてを掲載しないかわりに、読みやすい分量で別ページにふりわけているからサイトを閲覧する側としては、とても見やすいデザインになっている。以前、独学で勉強したと得意げな表情で話していた。
「これでいいでしょ」
「後は、私たちの荷物を二階から引き上げて、メールの返信をするだけですね」
展示が開催されている間は、二階ではなく自宅に引き上げているようにしている。自宅があるのにも関わらず、半分以上、オーナーは、ここに住みついている。そのため、私物が多少は多めに残されている。
「そうね、先に上に戻っているね」
「……寝ないでくださいよ。一応、勤務時間です」
「はいはい」
軽やかに階段をあがっていく後姿を見ながら、最後に出し忘れている物がないかどうかを確認した。その後に、2階に向かって階段を上がっていく。
オーナーと知り合ってからは数ヶ月も経過しているが、未だに謎の部分が多い人物だというのが率直な感想だ。そもそもあんな絡み酒をした相手を雇うなんて、オーナー以外いないのではないかと確信をもって言える。
2階に上ると、もうすでに私物がきれいにバックの中にしまわれていた。私物を持ち込む時に使用したバックも、いつもそのまま保管されている。持ち出すも楽にできるのだが、彼女の場合、そこまで考えての事ではない。ただ、バッグを持って帰るという事が面倒だったからだ。ものぐさの部分も多い。掃除をまめにしているので、綺麗好きなのかと思って質問してみたところ、『掃除? 嫌いだよ。普段から掃除していれば、楽だから』という答えを苦笑を浮かべながら返してきた。
「忘れ物は、特にないですね…じゃ、ノートパソコンはメールの返信をしてから、しまいますね」
「了解、よろしく。お昼何がいい?何か買って来るけど」
「ハムサンド、もしくは、肉が入った何かでお願いします」
「うん、分かった。じゃ、ちょっと行って来るね」
オーナーは財布を持って、階段をおりていく。
私は、ノートパソコンの前に座って、メール画面をたちあげて返信メール用の文章を丁寧に書いていく。
もともと文章を書く事は好きだが、ビジネス文章は短い分量でも書いていて肩がこってきた。入力した文章を何度も誤字や失礼がないかどうかを確認し、相手に送信する。送信した時、自動でオーナーの仕事用のパソコンメールアドレスでもメールが転送されるようになっているので、2人ともどんなやりとりをしたのかは自動でされるようになっているので状況を把握していないという事がない。
ホームページから見えるカレンダーの予約された日付を、忘れずに赤く塗りつぶしていく。ギャラリーを使用したい人にもホームページを見た時点で何時が予約できるのか確認できるようになっている。
これは、私がここでバイトするようになってから、提案した事だった。調べ物はサイトでする事が多く、カレンダーがついているサイトを数多く見かけていたのもある。
大手のホームページのようにきちっとしていない手作り感があるサイトだが、むしろ、あたたかみを感じられるのは、オーナーのセンスでデザインされているなと感じる。
そろそろ、オーナーが戻って来る頃かもしれない。
パソコンをスリープモードに変更すると、バッグの中から水筒とフレーバーティーのレッドフルーツのティーパックを取り出す。オーナーのコップと自分のコップにティーパックを入れてお湯を注ぐ。
私もオーナーも無意識に飲み物の選択が、ソフトドリンク=珈琲か紅茶の2択になってしまうので、時々、こういうのを飲むようにしている。
「ただいま」
オーナーは買って来たビニール袋を机の上に置く。
「甘い香りがする」
戻って来て、開口一番で彼女はそう言った。
「リンゴとブラックベリーリーフがブレンドされている紅茶です」
「そういうのあるんだ」
「ありますよ」
「あ、優しい味がする」
「でしょ?」
「また、今度これ持ってきて」
「分かりました」
「じゃ、食べようか」
お昼を食べるのがいつもゆっくりしているのは、通勤時間が短く朝が弱い2人が集まった結果だった。
「荷物は、明日届くの?」
「確認がとれていないですが、メールの文章ではおそらく当日に」
「そうなのね」
お昼を食べながら、仕事の事を話すのもいつもの事だ。
「じゃ、後の事は、また明日。今日は、クッキー食べた後に、これを見やすく整理してほしくて」
渡されたのは、今までギャラリーを使用してくれた方の情報が印刷された用紙。
「名前の五十音順に整理しますね。それで、クッキーって?」
「うん、コレ」
そう言って出てきたのは、透明なプラスチックの容器に入った大きいクッキーたち。
密かな楽しみなオーナー手作りクッキー。
「いただきます」
「次の作品楽しみだね」
「そうですね」
時計を見上げれば、もう15時になっていた。
ギャラリーの営業時間は、他のギャラリーと比べて短い。
午前十時~午後六時までとなっている。
理由は、休日に見に来てくれる方が多いので、長い時間を開けていても、長い目で見た時に意味を感じられないというものだった。
それでも運営が成り立つのは、紹介の紹介で借りてくれる方が見つかるからだ。