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三枚目 『Ravishing hart』 【2】


 【2】

 

 「作家さん、最終日には来ますか?」

 「来る予定です。最終日の展示の1時間ぐらい前には、来ていると思いますが」

 珈琲を渡しながら、あの子が教えてくれた。

 受け取った珈琲を一口飲む。

 「そう、ですか」

 Natumiは、僕が好きな歌手だ。

 僕が写真を始めるきっかけになった人だ。

 今のこの瞬間を切り取り、なるべく作り込む事なく魅力を残しておきたいと強く感じさせた人だった。

 数年前にメジャーデビューをし、その後は表舞台から姿を消している。姿を消してしまった詳細を僕は知らない。

 「表の写真、誉められていたのを伝えたら、喜んでいた。もし、時間があうなら、直接話してみたら?」

 「…はい」

 最終日は、日曜日。

 学校もなく、予定もないから来る事ができる。

 「とても話やすい気さくな人ですよ」

 「んー…考えてみます」

 話しやすい雰囲気というのは、今までメディアを通してなんとなく感じていた事だ。 そういう意味ではなくて、僕にとっての憧れの人に緊張で上手く話せる自信がなくて、来るとは言えずに迷っていたが、とどめの一言を言われる。

 「作家さんの知り合いも来ると思うので、美味しい珈琲も飲めますよ」

 「絶対来ます!」

 美味しい珈琲につられて即決した僕を、あの子は意地の悪い笑みの後に満足気な表情を浮かべている。

 「うん、ルカの淹れる珈琲は美味しいよねぇ。同じ豆なのに、不思議」

 「魔法使っていますよ、魔法」

 「春の口から魔法なんて単語出てくるのが、意外だね」

 なぜだろう、あの満足気な表情を可愛いと感じてしまうなんて、嘘だろと自分で自分につっこみをいれたくなる。そういう感覚はオーナーと共感できるあたり、僕もあの人の事を好きになってしまっているのかもしれない。

 幼い頃、どちらかといえば、『可愛い』と口に出して言うよりも、じーっと見て買おうかどうか本気で迷うような感じの子だった。そもそも、可愛いなんて言葉を簡単には使わなかったのに、最近使えてしまっているのは、あの人を好きになってしまった事が原因だ。

 おかげで課題を提出する度に、友人からは『あれ?なんか、女性的な柔らかさと綺麗さがあるような気がする』とつっこみが入るほどに、パステルカラーに近くなるような照明を意識する事が多くなってしまっている。

 残っている珈琲を味わうように、口の中で転がして飲み干す。

 「え? 今、ルカって言いました?」

 「うん、知り合い? ほら、ちょうどココに写っているよ」

 看板にも出ていた人物の写真のパネル前に移動して見る。

 写真の中で夏の日光と、心地の良い風が吹き、いつもはかけている眼鏡をかけていない。ごく自然に笑う横顔は、撮影者を信頼しているのが滲み出すような、良い表情をしている。


 ちくりと胸をさす小さな痛みを感じた。

 すぐに嫉妬だと自覚できるほどには、恋の経験はしてきている。

 ルカに恋人が居るという事を、知らなかったわけではない。あの執事喫茶だからだろうけど、そういう雰囲気を特に隠すような事をしていないから、居るという事は知ってはいた。だけど、それがNatumiだという事までは知らなかった。


 「僕なら、もっと上手く撮れるのに」

  

 自分でもこんなものは、負け惜しみだという自覚はある。

 技術が上でも、作品としての美しさが勝る事がない事も、今までの経験で身にしみて実感している。写真を撮る技術も必要だけど、それ以上に必要なのは、美しい表情を引き出すカメラマンの魅力も、大切になると個人的に感じる。


 後者のカメラマンとしては、僕はNatumiに現時点で完全に負けていた。


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