二枚目 『a fragile article』 【7】
【7】
「まずは、これを決めてしまおうか」
さりげなく、ルカが話題をそらそうとしてくれるが、それができる相手じゃない。ルカの扱い方に慣れているというのもある。それと、
「まだ、時間があるから。だけど、たぶん、こっちは気づいたら、数年経過していたなんて事になりそう。なんとなく、だけど」
「いや、さすがに、それは…」
「ないって、言い切れる?」
「……ごめん、言い切れない」
息をかるくつまらせたルカは、そのまま夏美さんから視線をそらす。
ルカのお節介な性格まで、夏美さんは似てきたようだ。気が強いところが、もともとあるのもあって、ここで下手に誤魔化す事ができない。
春は私に視線を向けると、浅いため息を吐き出す。
「分かりました。2人がこれを決めてくれたなら、仕事の区切りがつくので、そこから付き合います。だから、先に決めてください」
「…言い方が違うだけで、言っている内容は同じ?」
首をかすかにかしげながら、ルカがつぶやく。
ほぼ言っている内容が同じだけど、もう勝手に付き合う事が決定事項として言われてしまっている。それに、恋愛の付き合いとは一言も限定してなかった気がして、そこだけひっかかりを覚えた。
「分かりました」
「夏美、それでいいの?」
「今日という時間が、まだまだあるから見届けてから帰る」
夏美さんはにっこりと笑みを浮かべ、言葉の外に『下手な言葉のニュアンスの違いなんてバレバレだから』と言っていた。まぁ、ルカ相手だから鍛えられたのだろうなと思うけど、その笑顔が、正直なところ怖い。
春に視線を向けると、上手く誤魔化す事のできなかった事に対して動揺している。
『今回は相手が悪かった』と、ぽんと軽く肩に手を置いた。
「見届けるって、何を?」
「んー…告白?」
「なんで、そこで俺に聞くの。具体的には何も考えてなかっただろ?」
「うん」
「あぁー…じゃあ、色決めよう、色。それで、告白したのを見届けて帰る、それでいいな?」
「……うん」
すっきりとは納得していないけど、とりあえずそれでいいかと思っての納得したような仕草で夏美さんは頷いた。なんだかんだ言いつつ、主導権は、人生経験の多いルカが握っているのかもしれない。
人との付き合いで、どちらが主導権を握っていようと関係ない。どっちが握ってようと、交互だろうと大切ではない。お互いに前に進めていけるかどうか、その事の方がよほど大切だとは思う。
「それで、さっきの続きだけど…」
パソコン上の設定で変えた色を、まずは、液晶画面で確認後にダイレクトメールの色も決めていった。自分の中で、どうしたいのかが決まっていると、決める作業も助言する事もしやすい。
一応、お金をもらっている仕事をしている以上、心地よく進められる仕事は、やはり気持ちよく仕事をする事ができる。
『作家の意志』と『表現する技術』、『使える材料、時間、道具』と『求められているもの』の4つのバランスを上手く扱う方法に慣れているのかが作品作りに求められる事だとも感じている。どれがなくてもダメだし、少なくても、多くても、きっと上手くいかないだろうなと思う。
「……では、決定でよろしいですか?」
「うん」
「はい」
そこまで時間はかからなくても、淹れていた珈琲がぬるくなってしまっていた。
外の陽ざしは、ようやく少し傾きはじめた頃になってきている。もう、さっきの会話等忘れてしまっているだろうと期待して、パソコンを片づけていると別の期待をしている春の視線に気がついた。
…うん、無視、してしまおうか。
だけど、飲み干して空になったコップは、春に持って行く前に取り上げられてしまった。
そっちが言ってしまった事だから、言うとするなら、そっちからじゃない?そもそも、そっちだって言葉に出してないのに、ずるいよ。
そう思いつつも、その表情にいつまでも耐えられるような理性は、どこかに出かけてしまったらしい。それもこれも、全部、爆弾のような質問を投下してきた夏美さんのせいだ。
深呼吸をして、正面から春を見つめた。
今更ながらに、かすかに頬を染めて距離を置こうとしている。
伝える覚悟をしたのに、逃れようとするなんて許さない。
手首をつかみ、耳元に顔を近づけた。
できるだけの周囲に響かせないような小声を出す。
「すべてが欲しいと感じるほどに、あなたの事が好き」
さっきの作品を作る時に大切だと思うバランスは、人間関係ではどうなのだろう。
『自分の意志』と『感情表現する方法』、『知識と経験』『求められる自分像』のバランスを今後、うまくとる事ができるのだろうか。
人の心は壊れやく、強くて美しい。
それは、まるで、壊れやすくて美しい、陶器のようだ。
あの時のように、バランスを崩せば傷つけてしまうかもしれない。
人と人との関係も、時にはたった一言で簡単に壊れてしまう。
空になったコップを取り返し、とりあえず、台所に逃げる途中、『完熟トマトのように真っ赤という表現はアレをいうのかもしれない』と思わず感じるほどに、赤くなり固まった春を見た気がした。
お読みいただきありがとうございます。
区切りのよいところまで書けたので、二枚目『a fragile article』を書き終わります。
三枚目からの更新は、4月17日以降の平日を予定しています。




