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二枚目 『a fragile article』【3】


 【3】


 まぁ、それは、限りなく低い可能性ではあるけれど…。

 「あ、もうそろそろ…休憩時間としては、いい時間なので、戻りませんか?」

 「…そうだね」

 名残おしさを感じながら、自宅に向けて足を向けた。

 

 私は、今までの経験上、言わなくてもいいと感じた相手に対して、自分の弱さのすべてを打ち明けられるほどのお人好しでなくなっていた。話せないと感じた相手に対して、心苦しさがあっても、全く信頼をしていないわけでもない。

 受け止めてもらえる相手にだけ話す事も、社会経験上は必要で、その判断で話さないと決めた相手に対して失礼には当たらないのだと言う事も知った。

 自ら望んで受け入れてもらえない相手に話して、傷だらけになるようなマゾでもない。私にとっては、ある程度の割り切った付き合いは、人間関係を表面上は円満にする上で必要な事だった。

 人を傷つける言葉を自分の口からも出したくはないし、相手の口からも聞きたくはない。だから、できるだけ、前向きな言葉をできるだけ選びながら話してきた。腹の中で「こうすれば上手くいくのに」という言葉も「意見」になるように、自分の中で消化してから、口から出さないように気をつけてきていた。そう気をつけている事は、わざわざ口にするような事もない気がして、話す回数は少ない。だから、誰かに偉いねと誉められるわけでもない。自分で自分に、お酒をご褒美で買うくらいだろうか。

 

 人を支えたいという気持ちはあるから、話してくれた事に対して真剣に意見を言う事はあるけれど、受け止めた分だけ、自分の中に毒がたまっていく。

 

 春が過去に話してくれた、他人に対してフォローをしていたのに、突然「あ、ダメだ」と思ってしまった気持ちは、身にしみてよく分かる。

もちろん、自分の中に毒がたまるのなら、フォローなんてしない方がいい。頼まれてもいない事をして自分の毒になる。限界を知っているのなら、自分が本当に大切な人達のみに、フォローをするようにしないと、自分をダメにしてしまう。


 過去の経験が、私にそう思わせたと言ってもいい。

 その経験は、今も思い出したくない。時間が出来事をまろやかにしてくれるという言葉は、まやかしだと感じる。時間が解決してくれるのなら、私の中で渦をまくドス黒く冷えたマグマのように腹の底に固まりきった感情が、跡形もなく綺麗になくなっているだろう。

 

 散歩から戻ってきた私は、デスクワークの続きをする前に紅茶を淹れる。

無意識に珈琲に手を伸ばしかけ、そういえば、今日はもう飲まない方がいいくらいに飲んでいた事を思い出し、隣に常備されている紅茶に手を伸ばした。

紅茶を選んでいるから、どちらにしろ、カフェインが含まれているが、個人的には紅茶などの他のお茶に含まれているカフェインは、珈琲に比べて大人しく感じる。

 「オーナーは、面倒見のいい人ですね」

 「よく、そう言われる」

 苦笑を浮かべて、私は、春にそう答えていた。

 それは、理想である自分のごく一部だ。

理想の自分がいつの間にか、身に馴染んでいて、かなり、自然に見えてしまっているのかと思うと、元々の我儘な自分がひどく幼い子供ようで、可笑しく思えた。

「思い出し笑いですか?」

「え? あ、うん、そうそう。そういえば、春は、自分に対して、周囲と自分との間にずれがあるなって感じた事はある?」

「ありますよ。オーナーぐらいですよ、情熱的な部分に対して、意外だと言わなかったのって。どうして、です?」

「そんなの、見れば分かるでしょ?」

「そういうもの、ですか?」

「そういうもの」

春は、自分用に紅茶を淹れ、レモン果汁が入っているプラスチック容器をあけ、中身を自分のコップの中にたらした後、マドラーで軽く混ぜている。

 ただし、これは、同じ仕事をする中で、春の事が知りたくて注意をして見ていたから気づけたと思う。

そう思えれば、ほんの少しだけ、春の周囲の人たちに対して優越感があるほどに、私は、意地悪な性格らしい。

 「それは…華に、気づいてもらえたなら、嬉しい」

 

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