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一枚目 『worker』 【1】


一枚目 『worker』


 【1】 


 バイトの面接を落ちた私は、居酒屋で新しいバイトを得た。


 春がもうすぐそこまで来ているというのに、肌寒さがのこっている時期、私の心も荒れていた。

 長期的に続けていたバイトだったので、不安な点が多くても続けられそうな気がしていた。収入面を考えた結果に受けたフルタイムのバイト面接を受けたら、見事に落ちた。心境は長く付き合っていた人に必要ないと言われたようなもので、簡単に気持ちをきりかえられるものでもなかった。

 淡々と一ヶ月を過ごしながら、業務に慣れていない後輩に知っている事を教えたり、自分なりのフォローをしたり、人の流れを考えながら過ごしているうちに、「何やっているのだろう?」と安心できる場所で涙があふれてくるような不安定さだった。

 さすがに、ダメだ、自分。

 とふと思った。

 ふらふらと居酒屋により、今にして思えば、個人経営の不安定な収入だとしても、それでよく職を得る事ができたものだと思う。あの時、やけ酒をして、当時は見知らぬオーナーに絡み酒をしてしまったにも関わらず、彼女は、

 『なら、うちでバイトする? 不安定な給料しか払えないけど、それでもよければ』

 と笑顔でナンパしてきたのだった。

 そんな今の職業は…。


 2人分だけの机と、一個のノートパソコンが置かれていた。

 木造1軒家1階の部分は、何も置かれていなくて、喫茶店のようになっているが、

私のいる2階部分は、オーナーの自室兼オフィスになっている。

 お昼すぎの温かい日の光を視ると、外に出かけたくなってくる。

 「オーナー、次の借り主からメールが届きました」

 メールの文章を印刷した紙を持って、オーナーの机に向かう。

 机に突っ伏していた彼女は、唸るような低い低音出す。

 「そこに、置いといて」

 仕事で、こうなっているのではない。

 大のお酒好きの彼女は、酒は強い方ではない。限度を超えた飲酒をした次の日には、こうなっている。雇い主に対してこう言うのもなんだが、飲酒した次の日は使いものにまったくならないのだ。

 「また、飲みましたね?」

 「…飲んでない。これは、寝不足です」

 「飲んでいるでしょ?」

 「…はい」

 飲酒を認めたところで、片手を差し出す。

 のろのろとした動きで彼女は、お財布から500円取り出して渡す。

 「まいど♪」

 「見逃してくれても、いいのに」

 「貴女が言い出した事でしょうが」

 受け取った500円は、そのまま500円貯金箱の中に入れる。入れた音がほぼしなくなってきているあたり、上の方まで貯まっていそうだ。上まで貯まりきれば二ヶ月分のバイ代は、貯まっているはずである。

 飲んでしまったら、500円貯金する。

 それはオーナーからの頼まれた事だった。

 自分だけだと意志が弱くて、続けられそうにはないから強力して欲しいと。

 「協力、感謝しています」

 「それで、今回は明後日からこのギャラリーを借りたいと、画家から依頼が来ています。ちょうど誰も借りていないので、日程的には問題はありません。了承のメール出してもいいですか?」

 「うん、いつも通り、任せる」

 「……」

 「頼りにしています♪」

 満面の笑顔を浮かべている彼女を見て思う。

 しっかりしていないように見えるのに、運営ができているのは、かまわずにはいられない庇護欲をくすぐる雰囲気なのに、精神的に大人で人を使うのが上手いからだ。そして、相手に嫌な気持ちに極力させないように、気を使っている。だから、手を貸してくれる人間が多い。正直なところ、彼女のそういう憎めない部分が羨ましい。

 可愛いと素直に思ってはいるけど、私が、そのまま素直に言葉に出せるわけでもなく、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 「ありがとうございます。オーナーって、実年齢よりも絶対…若く、見られていますよね。初対面の相手に、実年齢、一回で当てられた事がありますか?」

 彼女がコンプレックスのように感じているのを知っていて、わざと意地悪な事を言ってしまう自分の性格をどうにかしたい。

 一つ、言い訳させてもらうのならば…。

 「一回で当てられた事がない事を知っているでしょ。…意地悪な事を言うのなら、拗ねてやる」

 彼女は、ふて寝をするように再び机に突っ伏した。

 漫画の表現をすると、犬の耳と尻尾が拗ねているように見える。

 可愛すぎる反応をする彼女が悪いのだと、どこかで何回も耳にした事のある台詞が浮かぶあたり、自分でも末期だと思う。気のせいだと誤魔化す時期は、ついこの前すぎてしまっていた。

 「誉め言葉ですよ」

 「口調が、なんか、誉めているのとちがう」

 どうしてくれよう。

 犬好きの私にとって、頭を撫でたくなるじゃないですか。

 うっかり、手を伸ばしたくなった自分の理性と戦うために、ため息を吐き出す。

 「気のせいですよ、気のせい。ほらほら、仕事が、待っているので、いつまでもぐずぐずしていないでください。掃除しますよ」

 「はぁーい」

 のろのろと立ち上がり、ストレッチをしてからのオーナーの動きはとても早い。

 箒とチリトリを取り出し、一階に降りていく。私は雑巾と乾拭き用のモップを取り出して後から一階の部分に向かった。


お読みいただきありがとうございます。

ゆるく進んでいく話になりますので、最後までお付き合いいただけると幸いです。


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