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悪魔のような天使、あるいは天使のような悪魔

 こうして貴族の結婚式に潜り込むことに成功した。


 フラワーガールなる俗な役目の代役としてであるが、代役なのでパーティー自体には参加できない。


 しかし、貴族はケチではない。出席はできなくても、パーティー料理の残り物にはありつけたし、パーティー会場から流れてくる楽団の音楽を聴くくらいの自由は許された。


 要は会場の側の控え室に押し込められたわけだ。

 ただ、監視の目はない。


 皇女がやってくるので会場の警備自体は厳重だがそれでも9歳の少女を監視するほど彼らは暇ではない。


 それにではあるが、桃色のドレスを着た美少女、――自分のことだが。

 彼女は衆目の目はひいても、大人たちから警戒されることはなかった。


 このような可憐な少女が不逞な企みを抱いているなど、大人の想像の範疇外(はんちゅうがい)なのだろう。


 必然的に行動の自由は増えた。


 母親にここで良い子にしているのよ、と頭を撫でられたあと、その言葉を忘却するかのようにセリカは動き回った。


 会場の様子、来賓客の姓名と身分、できるだけ情報を収集した。


 もちろん、これからやってくるだろう皇女殿下についても情報を集めたが、そちらの方はかんばしくなかった。


 なんでも皇女殿下は社交界が苦手らしく、このような席にはあまり顔を出されないらしい。


 それは難儀な性格というか、皇族に生まれたのに大変だろうな、とは思ったが、それ以上の感想は抱かなかった。


 ただ、もしもセリカの隷属下に入ったのならば、そのような甘い考えは捨ててもらうが。


 皇族の仕事はこのような社交界で顔を売り、人脈を築くことにある。

 それを放棄し、安楽にひたっているような自由は皇族にはない。

 そう思っていたが、彼女を調教するのは後日のこと。


 今は彼女を探し出し、『偶然』をよそおい、近づくことがなによりも肝要であった。


 セリカは会場を、この屋敷をくまなく捜索した。

 しかし、数時間に渡るその苦労も無益に終わる。

 肝心の皇女殿下が見つからなかったのだ。

 いくら探しても皇女の「こ」の字も出てこなかった。

 これはもしかしたら皇女殿下はこないのか。

 そう思った瞬間、パーティー会場にこんなアナウンスが流れる。


「皇女殿下は会場までこられましたが、急に体調を崩し、宮殿に帰られ――」


 最後まで聞かずにセリカは落胆する。


 まったく、なんのために自分はこのような恥ずかしい格好までして会場に忍び込んだのか。


 これでは道化ではないか、そうつぶやき、唾を吐き出したくなった。

 ただ、貴族の家の床は高そうな絨毯が引かれていたので実行できないが。


 しかし、それでも文句のひとつでも漏らしたいと、セリカは誰もいない場所を探した。


 バルコニーが見える。

 あそこならば思う存分愚痴が吐ける。唾も飛ばせるだろう。

 そう思い忍び込んだが、すぐに後悔した。

 唾を吐き出そうとバルコニーから身を乗り出した瞬間、男たちが入ってくる。


 盛装をした男たちで一目で貴族、あるいはこの国の特権階級と分かる男たちであった。


 彼らは人目を忍ぶようにバルコニーにやってくると結界を張った。

 声が外に漏れ出ぬようにする魔法結界だ。

 またバルコニーの入り口を屈強なボディガードにふさがせる。

 これで好奇心旺盛な闖入者(ちんにゅうしゃ)、それに他国のスパイを払いのけられるだろう。

 彼らは立派な口ひげの間から自分たちの配慮を賞賛した。

 まったく愚かなことだと思う。

 音を防いでも、口元を見ればある程度会話の内容を推察できるものもいる。

 読唇術というやつだ。


 それに結界は外から入ってくるものには有効でも、中にいるものには無効であろう。


 それを証拠に男たちは、バルコニーに置かれたテーブルの下。

 真っ白なテーブルクロスの下に潜む桃色のドレスを着た少女の存在には気がついていないようだ。


 愚かであり、滑稽であったが、彼らを馬鹿にはしない。


 彼らが滑稽で愚かであるからこそ、セリカはこのような貴重な情報を得ることができるのだから。


 彼らは語る。

 セリカが知りたかった情報を。



「どうやら皇女殿下はこの屋敷から退散されたようで」

「我々の不逞な企みに気がつかれたのかな」

「これこれ、コーウェル卿、不逞な企みなど人聞きが悪い。我らはただ、皇女殿下を誘拐してさしあげ、それを持って皇帝陛下に隣国との決戦を決心していただきたいだけ」

「しかし、誘拐したあと、ルネリーゼ殿下には死んでいただく計画であろう」

「それは違うな。死んで護国の守護天使となっていただくのだ」

「口清い。貴官が武器製造工廠の責任者と密接な繋がりがなければ信じたくなりそうだ」

「貴殿こそ代々の帝国騎士の家系にしてはあくどいと思うぞ」

 


 互いに非難し合うような台詞であったが、その口調に憎悪や冗談の成分はない。


 このものたちはなんの躊躇(とまど)いもなく、良心の呵責(かしゃく)もなく、ルネリーゼを暗殺するつもりのようだ。


 その口ぶりから、軍部と兵器会社が一枚かんでいるようだが、そんなことよりも問題なのはこのままだとセリカの希望の種子であるルネリーゼが死んでしまうことであった。


 計画が大幅修正されることになる。

 しかし、すぐにこの場を飛び出て、悪党どもを誅する気にはならなかった。


 それよりもまず、この悪事を利用し、自分の立身出世に繋がらないか、そう考えてしまう自分がいた。


「……まったく、度しがたいな、私も」


 それは悪党に魂を売る自分を侮蔑した言葉ではない。

 この低能どもに頼ろうとしてしまった自分の情けなさをなじったのだ。


「少女を殺し、それを持って政治を動かそうとするクズどもと一瞬でも迎合しようとした自分が馬鹿らしい。ここは初志貫徹だな」


そう思ったセリカは、悪党どもが密談を終えたのを見計らうと、悪党のひとりを付けた。


 誰でもいい。


 とにかく、最初にひとりになった人物に狙いを定めると、彼の後ろについて行った。


 男はパーティーでしこたまビールを飲んでいたのだろう。

 尿意をもようしたようで、赤ら顔でトイレに向かった。

 おぼつかない足取りであるが、男はボディガードの介護を断った。


「おいおい、ガードが必要なのは俺ではないだろう」


 男は笑う。


 今、一番ガードが必要なのは皇女だろう、そういった笑いが込められているのだろうが、男のその行動があだとなった。


 男は数分後、悪魔のような少女に襲撃される。


 パーティー会場近くにある男子用のトイレ、そこで用を足している男は、急によろめく。


 最初は飲み過ぎたのかと思ったが、違うと気がつく。

 腹部に鈍痛を覚えるとともに、そこから温かいものが流れる感覚を覚えたのだ。

 この感覚には覚えがある。

 男はかつて戦場で戦っていた。

 大佐と呼ばれていた時期もある。


 その経験から、自分の腹部から流れるそれが、「血」と呼ばれるものであると気がつく。


「く、くそ、なんで俺が……」


 そう漏らすが、声は出なかった。


 床に倒れたと同時に、とある少女が、いや、幼女といってもおかしくない少女が馬乗りになってきたからである。


 彼女は下着姿であった。


「……なんでこんなところに下着姿の幼女が」


 そう吐き捨てると、幼女はその回答をくれた。


「天命というやつだ。ここで貴官が腹を刺され、のど元にナイフを突き付けられるのも。先ほど、バルコニーでこの国の皇女をかどわかす計画を話したのも。すべて天命という名の運命である。諦めろ」


 下着姿の幼女は続ける。


「ちなみに下着姿なのは一張羅のドレスを汚したくなかったからだ。貴族には安物に見えるだろうが、我が家では一番高価な財産になるからな」


 それとお前を殺したあと、容疑者の列に加わりたくない。

 心の中で言う。その台詞は男に知らせるべき言葉ではなかった。


「さて、首もとにナイフを突きつけていることからも分かるように貴官の生殺与奪権は私が握っている。助けを求めるのも結構、その体躯(たいく)を利用して私を突き飛ばすのもありだろう。しかし、私の右手は貴官がまばたきするよりも早くそののど笛をかききれる。そう明言しておく」


「…………」


 男は沈黙によって自分の立場を理解している旨を伝えた。


「よろしい。貴官も死にたくなければ、これから私が尋ねる質問に正確に答えるように」


 うなずく男。

 やりやすくて助かる。

 セリカは無言で命乞いをする男から、ふたつのことを聞き出すことにした。

 この計画の首謀者の名前と、この国の皇女殿下を襲撃する場所を。

 前者は、今後、役に立つと思ったから。

 後者は、このあと役に立つはずであった。

 ただ、目の前の男が容易に口を割ってくれるか、それだけが心配だった。

 セリカは男が口を開きやすくするため、とある演出をする。

 男に猿ぐつわをし、荒縄で縛り上げると、うつぶせにし、その指に注目する。


「知っているか? 痛覚というのは、身体の末端に近づけば近づくほど明敏になるのだ。だから、大昔から、拷問は指先で行なうのが定石とされている」


 その台詞を聞いた男は身体をひくつかせる。


 軍人なのでその言葉の意味、これから自分の爪と指の間になにを差し込まれるか分かったらしい。


「さて、貴官はいったい、何本目で白状してくれるかな。楽しみだ」


「う、うぐぅー!」


 男はなにかをしゃべったようだが、意味は聞き取れない

 結局、セリカは六本の指にバーベキュー用の鉄串を差し込んだわけだが、六本目を差し込んだ時点でとあることに気がついた。


「しまった。素直に白状する気になったときの合図を決めていなかった」


 軽く泡を吹き、失神している男を起こすと、男から貴重な情報を聞き出すことに成功する。


 ついでに何本目で白状する気になったか尋ねるが、男は、

「一本目ですでに話す気だったわ!」

 と抗議した。


「なるほど、潔くもあるが、決して臆病者ではないということか。しかし、その態度は半端だったな。どうせなら死んでも話さないか、一本も指される前から口を割ればいいものを」

 

「…………?」

 

 男はその言葉の意味を計りかねているようだ。


 やれやれ、この男には想像力が欠如しているらしい。仕方がないので、行動によって男に忠告する。


「この私が証拠となる貴様を生かして返すわけがなかろう。しゃべろうが、しゃべるまいが、貴官はすでに死ぬ運命なのだよ」


 そう断言すると、そのまますうっとナイフを横に引いた。

 男の首はまるで熟成された牛肉のように簡単にナイフが入り、赤い肉を外界にさらす。


 そこからとめどなくあふれる血液。


 男はなにか言いたげにこちらを睨み付けたが、その瞳にはこう返答するしかなかった。


「せめて来世では善人に生まれ変われ。そうすればこのような死に方はすまい」


 セリカはそう言い残すと、手洗いで血をぬぐい去り、ドレスを着直し、トイレの外に出た。


 道中、顔見知りのメイド、母親の同僚に会ったが、そのときは少女の笑顔を崩さなかった。


 清らかな天使を演じ続けた。

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