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桃色のドレス

 ルネリーゼ・フォン・グランツ。

 彼女は金色の髪を持った美しい姫であった。

 歳は9歳、自分と同じだ。

 目鼻立ち、顔立ちも似ている。

 ただ違うのは、その種族と髪の色、そして肌の色だろうか。

 彼女は人間族の娘、皇帝の子。

 セリカはエルフ族の娘、それも合の子のダークエルフ。


 ルネリーゼの金色の髪と白い肌、セリカの銀色の髪と黒い肌は対になっているかのようであった。


 まるでコインの裏と表だな。

 そう思わなくもない。

 絶対に接することのないふたり、生涯、人生が交わることのないふたり。


 そんなふたりが面会し、知己を得、友人関係を結ぶのだから、人生とは不思議なものである。


 ――もっとも、これはセリカの計画で、しかもその計画もまだ実行されていなかった。


「だが、必ず実行し、このルネリーゼという娘を支配下に置かねば」


 そうして初めてセリカは幼年学校に入学し、士官学校に進学できるのだ。

 そう思えば、小娘ひとり手なずけるなど、造作もないことであった。

 セリカは有言実行するため、母親におねだりをする。


「お母さん、今度、お母さんのお勤めしている貴族の屋敷で、結婚式があるのでしょう? そこに私も連れて行って」


 突然のおねだりに困惑する母親。


「どうしたの? 急に」


「駄目なの? 私、綺麗な花嫁さんを見たいなあ」


「セリカは花嫁さんがみたいのね。うふふ、やっぱり女の子ね」


 反吐(へど)が出るような返答である。

 花嫁など見たいものか。

 セリカが見たいのは、その結婚式にやってくるだろう皇女だった。


 ルネリーゼは皇帝の名代(みょうだい)としてその結婚式に参加すると母親に聞かされていたのだ。


 結婚式に出席する花婿にも花嫁にも、それにそこで出される山海の珍味にも興味はない。


 興味があるのは自分の人生だけだった。

 さらにお願いを重ねる。


「ねえ、いいでしょう? ほら、花嫁さんの前で花びらをばらまく役、私、あれがやりたい」


「フラワーガールのことね」


「うん、それ」


 フラワーガールというのか、糞みたいな名前だな。そんなものやりたくもないが、潜り込むには口実がいる。


「でもあれはすでに役目が決まっているのよ。偉い貴族様や商人様の娘がやることになっているの」


「でも、当日、病気になっちゃう子もいるかもしれないでしょう? 皇女様がくるというのにフラワーガールが足りないだなんて不敬だわ。緊急用の代役が必要なんじゃないかしら」


「……それもそうね。執事のハンスさんに尋ねてみようかしら」


 でも、期待しないでね、と続ける母親。

 それはできないな、と心の中で答える。

 母親が貴族の家のメイドである事実、皇女がその屋敷に訪れる。

 千載一遇のチャンスとはこのことだ。

 この機を逃せば貧乏エルフのセリカが皇女と会える機会など巡ってきまい。

 それを逃すなど言語道断。

 あらゆる布石は打たせてもらう。

 セリカは猫なで声で母親の腕を引っ張る。


「ハンスさんにお願いするのはもうちょっと待って」


「どうして?」


「今、丁度忙しい時期だと思うの。だから、来週の月曜がいいと思う」


「そうね、週末は忙しいし」


 結婚式が近づけばもっと忙しくなるがな。


 だが、今、代役の妙案を執事に伝えれば、彼は良家の子女に声をかけるに決まっている。


 結婚式付近に提案しなければ意味はない。

 

その段で気がついてやっと使用人の娘がフラワーガールに選ばれる可能性が出るのだ。


 実際、なんとか母親を制御し、結婚式三日前にその案を執事に伝えさせると、計算通り、セリカはフラワーガールに選ばれた。


 他の使用人にも娘がいたが、結局、眉目秀麗と名高い自分が選ばれることになった。


 女に生まれ変わって嬉しいと思ったことなどないが、その日ばかりは美しい娘に生まれ変わったことに感謝した。


 もっとも、その日だけだが。

 翌日、母親に連れられて街に連れて行かれる。

 母親は言う。


「セリカにドレスを買ってあげましょう」

 と――。


 そのときになって初めて気がついた。


 結婚式に参加するということは、ひらひらのドレスを着なければいけないということに。


 恥辱、屈辱である。


 ようやく座りションベンをすることに慣れ始めたセリカであるが、いまだにスカートなる下半身がスースーするはきものになれない。


 この異世界では女子がズボンをはくと奇異に見られるから、仕方なくスカートをはいているが、それでもドレスだけは身にまとわなかった。


 最後の意地でもあるが、そんな機会に恵まれなかったからでもある。


「糞、なんで私がドレスなど着なければならない」


 心の中でそう叫んでも、着ないわけにはいかなかった。

 貴族の結婚式に出席するのに、平服というわけにもいかない。

 ドレスをまとうのは最低条件であった。


 仕方ないので観念すると、セリカは街の古着屋に連れて行かれ、三時間ほど母親の着せ替え人形となった。


「セリカは人形のように可愛らしいけど、お洋服に興味がない子だから、こんな機会滅多にないわ」


 と張り切っていた。

 セリカは魂を抜かれたように。


「そうですねー」

 とか、

「一番安いんでいいですよ」

 と口にするしかなかった。


 結局、自分にあてがわれたのは、桃色のワンピースタイプのドレスだった。


 浅黒い肌と銀髪が良く映える、そう言った理由で選ばれたらしいが、値札を見るとぎょっとしてしまう。


 高すぎるのではないか? 

 母親に抗議の視線を向けるが、彼女は嬉しそうにこう言うだけだった。


「セリカはおもちゃを買ってとか、旅行に連れて行ってとか、普通の子供みたいにわがままを言わない子だからね。こんなときくらい奮発しないと」


 まったく、これだから女というやつは。

 おもちゃなど欲しがるわけなかろうに。


 セリカが欲しいものは、おもちゃでも、ドレスでもなく、この国を支配する力と権力だった。


 それらに比べれば、物質的満足感など取るに足らない欲求であった。

 そんな悪態を漏らしながら、セリカたち母娘は家路についた。

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