軍人を志す
4年の月日が流れ、セリカ・デッセルフは少女と呼ばれる年齢となった。
身長は140センチに満たないが、この年代の少女としてはごく普通だろう。
ただし、エルフ族はあまり身長が伸びないため、もしかしたらこれ以上、背が伸びないかもしれない。
それがやや不安であるが、身長=強さではないので、気にしないでおこう。
セリカが求める強さは腕力にあらず。多数の人間を従えさせる政治力、それに統率力が自分の求める強さだった。
それらに身長は関係ない。
なのでこれ以上のタッパは不要である。
無理に伸ばす必要はなかった。
それよりも今、セリカに必要なのは未来を照らす光であった。
どうやってこの異世界を支配するか、それしか頭になかった。
神はセリカにこの世界を支配せよ、そう言った。
この異世界を独裁によって導け、そう勧めた。
その指示に従うつもりであった。
このような世界に生まれ落ちてしまった以上、立身し、自分の地位を確保するのは当然であった。
この世界に前世のようにエセ人権主義は根ざしていない。
自分の生命と幸福を確保するには、力が必要なはずだ。
それを確保するのならば、地方領主や大商人になるなどといった細々した目標を立てるよりも、この国の、いや、この異世界の頂点を目指す方がいい。
頂点さえ極めれば、少なくとも『上』からは攻撃されなくなる。
前世のように無能な上司に頭を悩まされる必要はなくなるのだ。
それは最高の環境であるが、その環境を手に入れるのは一朝一夕では無理だろう。
深慮遠謀、千日の計が必要であった。
ゆえにセリカはこの世界に生まれ落ちて以来、どうやれば権力を握れるか、それだけを考えてきた。
前世での生き方は簡単だった。
ペーパーテストで良い点を取り、良い学校に入り、良い会社に入ればいい。
そうすればどんな無能でも最良の人生が約束される。
あるいは有能でさえあれば、貧しい家の子でも政治家になれたし、起業家になることもできる。
己の才能次第でどのように処することもできた。
しかし、この異世界は違う。
この世界の文明レベルは低い。
身分が固定化されていた。
農民の子は農民、煉瓦職人の子は煉瓦職人、貴族の子は貴族。
階層は固定化されており、流動的ではなかった。
そんな世界で出世をするにはどうすればいいか。
幼き頃より頭を悩ませてきたが、ここにきてその考えはまとまった。
「やはり軍人になるしかないか」
そう結論づけるしかなかった。
職業軍人こそが貧乏人が立身出世する唯一の道であった。
この世界の身分は固定されているが、それでも軍人だけは幅広く門戸が開かれていた。
無論、軍の上層には無能な貴族の子弟が腐るほどいるが、有能な貧乏人の子もたくさんいた。
セリカのいるこの世界。特にこの国は四方を敵に囲まれており、軍人が有能でなければその国体を保てないのだ。
必然的に実力主義になるのは当然であった。
「幸いとここは魔法という概念がある異世界。そして私には絶大な魔力とこの頭脳がある。士官学校に入ることさえできればなんとかなるだろう」
それは過信ではなく自信ですらなく、単に事実でしかなかった。
ただ、問題なのはどうやって士官学校に入るか、だ。
士官学校は有能なものならば無償で入れるが、その門戸は限りなく狭い。
軍事系の幼年学校に入り、そこで優秀な成績を修めるしかないらしい。
問題はどうやってその軍事系の幼年学校に入るか、だが。
無論、あらゆる布石を惜しまない努力をし、幼き頃から幼年学校に入るため、この世界の常識や教養を頭にたたき込んできたが、それでも容易に入れない事情がある。
それはセリカが女だからである。
軍事系の幼年学校には定員があり、女が入るのは難しかった。
軍は実力主義であるが、それは男に対してだけであって、女に対してはいまだに厳しい。
戦争で疲弊しているさなか、女を軍人に育てるメリットを感じないのだろう。
そんなことをする暇があるのならば、銃後を守る賢妻に育て、子をたくさん産ませた方が国力に直結する。
まったく、古くさい考え方であるが、合理的な考え方でもあるので、理解せざるを得ない。
「理解するが、納得はせんがね」
いざ、女の身になれば理不尽なことこの上なかった。
せめて自分のような異才は例外にされるべきだろう。
この国の皇帝や宰相の首根っこを掴んでそう主張したかったが、そういうわけにもいかない。
セリカは現実的に自分が幼年学校に入学する方策を考えた。
この辺は徹底的に現実主義で合理的なのが自分の長所なのである。
そんな自分が目を付けたのが、目の前にある新聞紙だった。高級紙、サン・エルフシズム新聞である。
そこには可愛らしい少女が写っていた。
この可憐な少女が幼年学校に入学するための鍵となるだろう。
セリカはその鍵となる少女の名前をつぶやく。
「第二七代皇帝ランベルト・フォン・グランツの第四皇女ルネリーゼ」
彼女こそがセリカの立身出世の手助けになってくれるはずの少女であった。