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飛行船に憧れる

 突然の火事で未亡人となった母親。


 おろかなことに彼女はあんな夫でも愛していたようで、しばし茫然自失となり、日常を取り戻すのに時間が必要だった。


 その間、セリカは理想的な娘を演じる。

 少なくとも父親を暗殺した不逞(ふてい)な幼女であることは隠す。

 笑顔で母親に接し、健気に母親を慰めた。


「大丈夫、私、お父さんがいなくても平気だよ。お父さんがいなくてもお母さんを守ってあげる」


 その言葉に偽りはなかったし、事実、陰ひなたから母親を守っていたのだが、母親は終生、そのことに気がつかなかったようだ。


 入っていないはずの保険金が振り込まれたときも、たいしていぶかしむことはなかった。


「それはね、きっと神様がくれた贈り物だよ。大切に使おう」


 年相応な笑顔でその台詞を言うと、

「……そうね、きっと、お利口さんにしていたセリカを守るために神様がくださったお金よね」

 と、不自然な事象も神の恩寵と受け入れた。

 

まったく、人を疑うということを知らない女だ。


 だからあのようなろくでなしにつけ込まれ、悪魔のような娘を生むことになるのである。


 因果応報であるが、生んでしまった以上、責任を取ってもらわねばならない。

 彼女にはある程度大きくなるまで、自分を養育してもらうつもりだった。


 そのためにも一刻も早く、あのろくでなしのことは忘れ、立ち直ってもらわねばならない。


 セリカは献身的に彼女を支えると、彼女が日常を取り戻すのを待った。


 彼女の精神が落ち着き、あのろくでなしのことを口にしなくなるのに半年のときが必要であった。


 その間、彼女は工場の仕事を辞め、自宅療養していたが、もはやその心配もない。

 今まで尽くした分、彼女には働いてもらわねば。

 もっとも、彼女には工場勤務のような過酷な労働は似つかわしくない。

 裏で動き回り、比較的楽なハウスキーパーの仕事――。


 要はメイドの仕事を探し出すと、その求人広告をさりげなくテーブルの上に置いた。


 彼女は自分につとまるかしら、と悩むが、悩ませる暇は与えない。

 こんなに割のいい仕事はすぐに埋まってしまうからだ。


「お母さんならきっとできるよ。それに私、お母さんのメイド服姿をみたいな」


 尻を叩くようにそう言うと、貴族が好みそうな衣服を着せ、面接に向かわせた。

 無事面接に合格し、仕事を得た母親。

 彼女は子供のようにはしゃぐ。

 まったく、頭の悪い娘だ。


 そう思わなくないが、エルフの娘が、いや、母親が喜ぶ姿を見ると、なんだか胸の辺りがむずむずとした。


 

 母親はハウスキーパーの仕事が馬に合っていたらしく、長続きした。

 給金はみるみる上がり、やがてメイド長と呼ばれるまでに出世したようだ。


 寡婦(かふ)だった母親は十分な給料が貰えるようになり、娘とふたり、それなりに贅沢をしても暮らせるようになっていた。


 もっとも、文明が発達していないこの異世界でおこなえる贅沢など限られているが。


 週末、母親とふたりで軽食屋におもむくくらいが精一杯の贅沢だ。


 それでも母親とふたりで食べるフィッシュ・アンド・チップスはそれなりに美味しかった。


 私ことセリカ・デッセルフはそのような幼児期を過ごした。





 さて、文明が発達していない、と明言したが、この世界の文明レベルについて補足しておこうか。


 これからこの世界で一生を過ごすのだから、この世界の情報は正確に掴んでおかなければならない。


 乳幼児の頃から収集した情報を統合する。

 まずこの世界はファンタジーの世界だ。

 異世界転生の定番の世界であった。

 人間がおり、エルフがおり、ドワーフもいる。


 魔法はあるが、剣と魔法の世界ではない。いや、剣もいまだに現役であるが、すでに銃が登場しており、戦場の主役は剣から銃に移っているようだ。


 文明のレベルは、前世でいう第一次世界大戦前夜辺りだろうか。

 戦車は登場しておらず、いまだ歩兵と騎兵が幅をきかせている。

 ただし、航空機のようなものもあるから、一概に遅れているとも言い切れない。

 巨大な銃身にまたがり、戦場の空を駆け巡る魔導兵は戦場の花形となっていた。


 要はこの世界は、前世と同じで、文明よりも軍事技術が奇形的に発達しているようだ。


 まったく、人間というやつはどの世界でも度しがたい。



 糞である。



 そんなことを思いながら、窓の外を見上げる。

 そこには飛行船が浮かんでいた。

 この世界の最先端技術である。

 ちなみに来週、あの飛行船に乗せて貰う約束を母親としてある。

 思わず椅子にたらした両足をばたつかせてしまう。

 それくらい楽しみである証拠なのかもしれないが、襟元を正す。


「女子供ではないのだから、あんなものに浮かれてどうする」


 あれに乗るのはあくまでこの世界の文明レベルを計るためだ。

 自分にそう言い聞かせるが。それでも浮つく心を鎮めることはできなかった。

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