父殺し
ここから三人称になります。
父親に対し制裁を加える。
それは乳児のときに誓った決断であるが、その決意は幼児になっても有効であった。
万が一、母親との仲を修繕できていたのならば、わずかばかりに残された良心のもと、あるいは母親のために許してやらぬこともなかったが、4年という月日を持ってしても父親を改心させることはできなかったようだ。
いや、それどころか父親の暴虐ぶりは悪化する。
酒量が増え、美しかった母親に青あざが絶えることはなくなっていた。
もはや一刻の猶予もならない。
そう思った。
それは母親だけでなく、自分のためでもある。
このような環境に置かれてしまったら、将来の出世を考えるどころではない。
自分の身命の危機をどうにかしなければならない。
父親はろくに働きもせず、代わりに母親が働きに出ていた。
父親はその間、家で酒に溺れている。
賭博仲間を集めては家で飲んだくれていた。
それだけでも万死に値するのに、その賭博仲間の中に幼児性愛者を潜り込ませるのだから、もはやどうしようもない。
その変態のくず野郎は、日に日に美しく成長するセリカ・デッセルフという幼女、――つまり私に目を付けた。
性的な目を向けるようになった。
おぞましい限りである。
そしてさらにおぞましいことに、父親はそのくず野郎に多額の借金を重ねていた。
あとは答えを言わなくても分かるだろう?
つまり、そういうことだ。
ある日、母親が夜勤でいないのを確認すると、その男はセリカの部屋に入り込んできた。
「まったく、低能で下劣きわまる人間だ」
そう思ったが、彼らはその台詞を聞くことはなかった。
なぜならば、彼らは今頃、炎に包まれているからである。
セリカは前世の知識を活用し、彼らに正義の鉄槌を下した。
セリカは知っていたのだ。
密室で燃えさかる炎は鎮火したように見えても燃えくずぶっていることを。
その密室を開け放ったものは、爆風の洗礼を受けることを。
そう、セリカは『バックドラフト』と呼ばれる現象を利用し、害悪あるふたりの鬼畜を吹き飛ばし、焼き殺したのだ。
「存外、簡単だったな」
爆風によって吹き飛んだ窓から漏れる煙を見上げながら淡々と口にした。
近所のおばさん連中は、
「大変だったろ? でも大丈夫だよ、今、職場に行ってあんたのお母さんを呼んでいるから」
と、抱きしめてくれるが、彼女たちは知っているのだろうか?
目の前にいる幼女が冷酷無情に父親とその仲間を殺した、ということを。
そしてその腕の中で冷静に金勘定の計算をしている事実を。
「……今回、ドライアード保険会社から降りる火災保険が金貨100枚、先日、母親のサインを偽造して入った父親の生命保険が金貨100枚、金貨100枚が前世の1000万円の価値があるとして、2000万、それに母親の収入の年収150万で生計を得ないといけないのか」
新しい家も探さないといけないし、楽な生活はできないな、と、つぶやく。
もっとも、父親という寄生虫がいなくなった上に、2000万の臨時収入、母子の生活は確実に楽になるだろう。
それに母親が殴られることはない。
それだけでも今の自分には十分だった。
そんな悪魔のような計算をする幼女に神は語りかける。
「やはりお前は想像以上の逸材だよ。将来が楽しみだ」
セリカはその皮肉にこう返した。
「ところで神よ、聞きたいことがある」
「なんだ? この世界にも地獄があるかということか」
「あるのならば私は確実に落ちるだろうな。だが、そんなことを聞きたいのではない」
「では、なにが聞きたいのだ?」
「この世界の生命保険も非課税なのか知りたくてな。それによって今後の計画が変わる」
その言葉を聞いた神は答えを話すことはなく言い放った。
「それは知らないが、やはりお前には地獄でさえ生ぬるいな」
「そいつはどうも」
そう言うとセリカはにやりと微笑んだ。