謀殺
殺意に満ちた敵魔導兵を見据える。
「素晴らしい。よほどこの私が憎いようだ」
前世では普通の日本人をしていたセリカ。このように剥き出しの殺意と憎悪を向けられるのは初めてであった。
「まったく、退屈な日本の社会生活では味わえないスリルだ」
セリカの前世はどこにでもいるような日本人、高校から名門と呼ばれる学校に通い、大学は日本の最高学府に通っていた。
そこでは学問の探求はできても、このように痺れるような命のやり取りはできない。
ある意味、前世の人生は不遇のものだったのかもしれない。
なぜならば、セリカは戦場に立つと例えようもない高揚感に包まれた。
敵兵がなぎ倒され、その敵兵が自分の母親の名前を叫ぶとき、なんともいえないような感動を味わう。
新兵が失われた自分の右手を必死にくっつけようとしている光景を見たとき、たとえようもない感動に包まれる。
これは前世では味わうことのできなかった快感だ。
ましてやこのように本気で自分の命を狙う輩と死闘を繰り広げるなど、平和な日本では起こりえないイベントであった。
セリカは襲い掛かってくる宝剣の魔導士を一撃で殺す。
宝剣を横なぎに払ってきた魔導士に目掛け、セリカは自分のロングソードを縦に振りぬいた。
ありったけの魔力の込めた一撃、どちらも明確な殺意が込められた一撃だが、残念ながら魔力の量に差がありすぎた。
セリカは敵兵の宝剣ごと相手を真っ二つにする。
鮮血が飛び散り、はらわたが飛び出るが、気にしない。
そんなもの、戦場で腐るほど見てきたし、これからいくらでも見れる。
一撃で仲間がやられた敵の魔導士は、怒りに火がそそぐ。
ライフル銃にまたがった女は、怒り狂いながら銃撃を放ってきた。
「この悪魔め! 魔女め! 殺す! 殺す! 殺す! 絶対に許さない! ロイの仇よ」
どうやらこの娘、先ほど真っ二つにした魔導士の恋人らしい。
「戦場で恋人を作るなど、お盛んなことだ」
的外れな感心をしながら、女が放った銃弾を避ける。
その瞬間、すごい勢いで槍にまたがった魔導兵がやってくる。
「いまだ!」
と、中世の騎士のようなランス・チャージをかましてくるが、それも華麗に避けた。
槍使いに大きな隙が生じるが、その隙はあえて見逃してやる。
セリカのやりたいことは魔導士の虐殺ではなく、こいつらを上官のもとに連れていくことであった。
こいつらほどの実力があれば、敬愛すべき上官ベルシュタット大佐を無事、始末してくれるだろう。
そう思った私は、女魔導士の攻撃が被弾したふりをする。
「ぐああああ」
と情けない叫び声を上げ、こんなセリフを口にした。
「くそ、多勢に無勢だ。このままではやられる。大佐のもとへ戻って、援護を頼もう」
いささか棒読みであり、臭いセリフであったが、それは仕方ない。
セリカは三文小説かではなく、軍人なのだから。
しかし、その三文芝居でも敵兵は見事に騙されてくれた。
魔導士たちは、「魔女を追い詰めたぞ」と意気揚々に笑顔を漏らしている。
まったく、無能な連中だ。こいつらの智謀は歴史SLGでたとえれば20くらいだろうか。
論評にも値しない、簡単に計略に引っかかってくれる。
しかし、上官の命を狙うセリカにとってそれは有難いことでもあった。
内心、微笑みながらエリカは彼らを上官のもとへ案内した。
ロングソードにまたがり、敵兵に追いつかれない程度、それでいて不審に思われない速度で退却する。
北上し、北方戦線で指揮を執っておられる上官に彼らを引き渡す。
いや、彼らに上官を引き渡すか。
どちらになるかは分からない。
上官のことは無能とすでに見限っていたが、もし、この連中を避けることができるくらいの器量があるのならば、暗殺はいったん、白紙に戻してもよかった。
その戦略眼は無能であり、出世のためならば部下の命も軽視するような輩であるが、戦略眼がないというところ以外、それはセリカも同じだ。
もしもベルシュタット大佐が有能であるならば、しばしその指揮下に入るのもやぶさかではない。それに将来、セリカが帝国陸軍の兵権を掌握したとき、それなりの地位につけてやるのも悪くない。
と思っていた。
もっとも、セリカが見る限り、ベルシュタットにその器量はないが……。
上手く誘導し、ベルシュタットと敵魔導兵は鉢合わせした。
敵魔導兵の存在に気が付いたベルシュタットは笑ってしまうくらいに情けなかった。
「な、なんで、こんなところに敵兵がいる。ここは安全地帯のはずではなかったのか」
副官をなじること十数秒、その後、敵兵が魔導士だと分かると彼はさらに狼狽した。
「ま、魔導士だと。それも4体も。く、くそ、南方戦線のカスどもはなにをやっている」
物陰に隠れていたセリカが答える。
「お前の出世のために戦わされていたよ。あるものは恋人がいたが、腹を銃で撃たれて死んだ。あるものは妻子がいたが銃剣で目を突かれて死んだ」
お前もそれに続くんだな、そう言うと、ベルシュタットは思わぬ行動に出た。
その場の指揮どころか08魔導部隊の指揮を放り投げると、敵前逃亡をしたのだ。
彼は自慢の宝剣クレイモアにまたがると、脱兎のような勢いで北へ逃げ出した。
その姿を見てセリカは嘆息を漏らす。
確かその宝剣は、数百年前、とある戦場で活躍した先祖が皇帝から下賜されたと自慢していた逸品ではないか。
その伝家の宝刀は敵兵から逃げるためにあるのか、そんな皮肉を漏らしたくなったが、それよりも先に彼には死んでもらうつもりだった。
セリカは己の手のひらに魔力を込めると、《爆破》の魔法を放った。
愛すべき上官の前方で爆発するようにした。
そして、
「ベルシュタット様、前方にも敵がいるようです」
そう魔法で彼に伝えた。
さらなる恐慌に包まれるゲルシュタット、彼はもはや魔導士でも魔術師でもない。
もはや指揮官でもなければ軍人ですらなかった。
先祖伝来の宝刀を投げ捨て、地虫のように戦場を這っていた。
その情けない姿に敵兵もあきれていたが、それでも絶好の好機を逃すはずがない。
宝銃を持つ魔導士が、ベルシュタットに狙いを定めると、彼の頭を打ち抜いた。
魔力の防御壁も張っていないベルシュタットの頭は、トマトをつぶしたかのようにべちゃっと潰れると、鮮血を辺りにまき散らした。
美しい血の噴水だった。
「それに臆病者の恥知らずでもその血は赤いのだな」
セリカはそう漏らすと、敬愛する『元』上官の仇を討つことにした。
セリカを見据える敵国の4人の魔導士、敵意に満ちた彼らに言い放つ。
「貴様らには個人的に恨みは一切ないが、私の出世のために死んでもらうぞ」
そう言うとセリカは有言実行した。
4人の魔導士を殺すのに掛かった時間は5分と30秒。
もしもセリカが元上官に敬慕の念を抱いていればあと2分ほど時間を短縮できたかもしれないが、残念ながらセリカは死体になってもこの俗物に敬意など抱くことはできなかった。




