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プロローグ 転生Ⅱ

 自分の肉体と魂が地球から消え去り、異世界で再構築される。

 なんともいえない気分だ。

 自分の身体が、液体と気体の中間になったような得も言われぬ気分を味わう。

 母親の胎内とはきっとこのような感じなのだろう。


 実際、今、この瞬間、私は私の父親になる男の精巣と母親になる女の卵子に分割して別れており、結合の刻を待っているのだそうだ。


 神は無事、生まれるといいな、と他人事のように言うと、こんな質問をしてきた。


「お前が受肉する前に、新たな身体を得る前に尋ねておきたいことがある」


「なんだね。おしべとめしべの話でもすればいいのかね」


「そんなことではない。お前の識見を知っておきたい」


「ならばなんでも尋ねろ。なんでも答える」


 この期に及んで抵抗する気などさらさらなかった。


「ちなみに父親と母親がセックスをしていると知ったのは、8つのときだ。なんらショックは覚えなかった。精通は13のときだ。初めて女を知ったのは大学生のときだ。以来、何度も生殖をしてきた。畑を実らせるようなへまはしなかったがね」


「赤裸々な告白をありがとう。ならばもっとデリケートな問題も聞けるな」


 神はそう言うと本当に繊細な問題を振ってきた。



「君にアドバイスを求めてくる青年がいる。彼は年若い青年だ。貧乏だが、絵を描く才能がある。しかし、運悪く美術学校に入ることはできなかった。それでも彼は絵画を描き続けたいという。彼になんとアドバイスをする?」



「それだけの情報ではなんともいえない」


「良い答えだ。ちなみに彼には別の才能があり、そちらの方は人類至上類を見ないほど傑出している」


「ならばそちらの方へ向かうのだな。才能ある人間は自分の才能に奉仕するのが正しい。才能の無駄遣いは才能に対する冒涜だ」


「なるほど、一理ある」


「ちなみにその若者の名前は聞かせてくれないのかね」


「教えるが、それは最後だ」


 神はそう言うと、次の質問をしてきた。


「お前に自分の指導者を選ぶ権利があったとする。この三人の中から誰を選ぶ? 答えよ」


 神は三人の人物を列挙した。



 A

 


「彼の父は、のちに不法とされる事業で蓄財をし、財産を築いた。


 その金で大統領まで上り詰め、国民的な人気を得た。


 彼は有能ではあるが、妻ではない女性と不適切な関係を持っており、愛人を死に追い込んだこともある。


 またマフィアとの交際がささやかれ、最後は暗殺された。


 弟がその意志を継ごうとしたが、その弟も暗殺されている」



 B



「彼は世界一貧しい大統領だ。貧困家庭に生まれた彼は、その人生のほとんどを軍事政権との戦いに費やす。

 

 大統領に就任後、給料のほとんどを慈善団体に寄付し、自宅の農場で取れたものを食べ、自給自足の生活を送っている。


 海外に行くときはエコノミークラスか、他の国の大統領専用機に同乗させてもらっている。


 国民からも広く愛されているが、結局、自国の経済を発展させることはできず、選挙に負け、下野する」





「彼は伝令として戦場を駆け回り、勲章をいくつももらった英雄である。


 最高権力者になったあとも兵士時代にもらった階級章と勲章を身につけていた。


 居並ぶ元帥の前でも誇らしげにその勲章を身につけていたという。


 芸術への造詣(ぞうけい)も深く、若く才能ある芸術家を保護し、文化の発展に寄与した。


 一方、彼は動物が好きで特に犬を愛していた。女性に対しても清廉潔白で、浮気をしたことは一度もない。


 また指導者になったあと、大胆な経済政策を行ない祖国の経済を回復させた」





 すべての候補者の特徴を聞き終えると、私は言った。


「それは選択肢があるのかね? 私には一択にしか思えないが」


「どうしてそう思う?」


「政治とは過程ではなく、結果だからだよ。この場合、候補者は限られる」


 そこで一呼吸間を置き、論評する。


「まずは候補者A、これはない。政治家は清濁(せいだく)併せ飲む度量が必要であるが、この候補者は論外だ。このような悪辣な施政者(しせいしゃ)では民もついてこない」


「施政者は清廉潔白であるべきだと?」


「少なくとも権力に見合う自制は必要だ」


「ならばBは駄目なのか? 清廉潔白だぞ」


「たしかに清廉潔白だが、この男には能力が欠如している。どんな聖人だろうが、能力がなければ意味はない。政治は道徳の高さを競うものではなく、いかに国を富ませるかだ。国を傾けた男に未来は託せない」


「となるとCか?」


「選択肢がみっつしかないのだから、自然とそうなるな」


「消去法か?」


「まあな、しかし、積極的な消去法だ。もしも日本に同じ政治家がいたのならば、進んで投票しているね」


 ちなみにこの三人の姓名は教えて貰えないのかね?

 そう尋ねると、神はAとBのみ明かしてくれた。


「Aの名前は、代35代アメリカ大統領ジョン・F・ケネディだ。彼は有能な男で、世界の滅亡、キューバ危機を乗り越えた人類の恩人であるが、私生活ではハリウッドの大女優を愛人にし、死に追いやった。また不正な蓄財に手を染めていた噂もある」


「なるほどね……」


 にやりと笑う。


「Bの名前はホセ・ムヒカ。南米の小国、ウルグアイの大統領だ」


「名前は聞いたことがある。たしか来日したときに話題になったな」


「彼は立派な人物だがどうだ?」


「それについては異論の余地もないが、それでも彼を指導者にしたくない」


「どうしてだ?」


「先も述べたが、政治とは過程ではなく、結果だからだ。私は天使のような清らかな指導者よりも、悪魔のように有能な指導者がいい」


「だからCを選ぶのか?」


「ああ、彼は少なくとも有能だからな」


「その口ぶりだと、その人物の名前を知っているようだが」


「ここまで言われれば誰でも気がつく。ちなみに最初の質問の人物も『あの男』をさしているのだろう」


「正解だ」


「まったく、まどろっころしい質問をするな、神というものは」


「それで、お前はその人物が誰かを知っていて、あえてCを選ぶというのだな?」


「ああ、その中では一番、まともな政治家だからな?」


「まともな政治家? そいつは多くの民族を虐殺し、悪名を後世にばらまいた男だぞ?」


「それと同時に破滅しかけていたドイツ経済を立て直し、自国の領土を取り戻した英雄でもある」


「ものは言い方だな」


「神よ、お前は私に独裁者になれと言わなかったか?」


「言った。だが、『ヒトラー』になれとは言ってない」


「私も『ヒトラー』にはならない。独裁者にも種類がある」


「種類?」


「権力を自己の利益のためだけに使う独裁者と、権力をよりよい世界を作るために使う独裁者だ。私は後者になる」


「ヒトラーは私欲のない独裁者として有名だが」


「そうでもない。彼は権力を自己神格化のために遣っていた節がある。要は潔癖な独裁者を演じ、自分に酔っていたのだ。私はそんなことに権力は使わない」


「お前がもし、権力を握ったらなにをする?」


「自分の信念が正しいか確かめる」


「信念?」


「ああ、権力を握った人間すべてが腐敗していくのか、確かめたい」


「独裁者になったあと、その権力に溺れない人間がいるか、確かめたいのだな?」


「ああ」


「つまり、我の望み通り、独裁者となってくれるのだな」


「それしか道はないのだろう?」


 神はそのとおりだ、と肯定した。


「お前の魂は、もうじき受肉し、生を受ける。お前は生まれながらにして前世の記憶を宿し、神童と呼ばれるだろう」


「ちなみにその異世界とやらの私の立ち位置はどうなる? 貴族か国王の家にでも生まれるのかね」


「いいや、お前は一介の役人の家に生まれる。下級官吏の家だ。そこから人生をスタートさせる」


「つまり、自分の知恵のみで権力を奪取せよ、ということか。ありがたいサービスだな。勝手に殺し、勝手に転生させて、その言いぐさは」


「最初から権力者の家に生まれてしまえば、お前はあっという間にのしあがってしまうからな。それでは『観察』する方は楽しくない」


 ただし、と神は続ける。


「お前には力を与えよう」


「力? 魔法でも使えるのか?」


「似たようなものだ。いや、もっと便利だぞ。お前には他人の悪意を見抜く力を与える。お前を憎むものは赤く見え、お前を愛するものは白く光ってみえる。そんな能力だ」


「しょぼいな」


「そう言うな。我はお前を買っている。その能力と魔法の才能だけでもお前は異世界を駆け上がるだろう」


 そう言うと神の声がわずかに遠ざかっていることに気がつく。


「……どうやらそろそろお別れのようだ。お前はもうじき、異世界の下級官吏の家に生まれる。やがてその国の頂点に立つことになるが、ひとつ、言い忘れていたことがある」


「言い忘れていたことだと? この期に及んで」


 そう言うが、自身の声さえ小さくなっていた。どうやら文句を言う暇もないらしい。


「お前の肌は浅黒く、その世界でも珍しい」


 黒人にでも生まれ変わるのかと思ったが違った。


 神はこんなことを言う。


「その耳は尖っており、その銀髪は誰よりも美しい」


 私はなにかを口にするが、神にその言葉は届かない。自分の耳にも。

 だから黙って聞いていたが、神は最後に特大の爆弾を投げつけてきた。


「お前はダークエルフに生まれ変わる。それも女にだ。お前は差別され、苦しむだろうが、そのハンデをものともせずのし上がるだろう」


「ま、待て、転生するのはともかく、女になるとは聞いていないぞ!! 私は男だ。せめて転生させるなら男にしろ!! ダークエルフにも男はいるだろう!?」


 最後にそう叫んだが、当然、神は聞き入れてくれなかった。

 神はこう結ぶ。



「お前はやがて最高の独裁者と呼ばれるだろう。そうなったとき、我はまたお前の前に現れる」



 神はそう言い残すと、消え去った。

 私の意識は泡となってはじけ、消えた。

 受肉し、この異世界に生を受けたようだ。

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